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【資料展示】フランダースの犬 ―ネロとパトラッシュのさまざまな姿― 解説

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年7月5日更新

 少年ネロと犬のパトラッシュ―そう聞くと、「ああ、知っている。『フランダースの犬』だ。」と作品名がすぐ出てくる人が多いでしょう。でも、本当に知っていますか。どのくらいの長さの話か、ネロは何歳か、どんな少年か、パトラッシュはどんな犬か、結末はどうであるのか、を。

 日本では明治末期の移入以来、さまざまな訳者たちによって、本作品は紹介されてきました。それに加えて1970年代以降、テレビアニメーションや劇場版アニメーションなど映像化の普及があったわけです。このように長く広く知られてきたネロとパトラッシュは、さまざまな訳書の中で、ときに意外な姿も見せています。

 「アニメで見て知っているけれど……」と思っている方も、もともとの姿を完訳本で再確認してみてください。また、日本の訳者や画家が、それぞれの時代の中でどんなイメージを作り上げてきたのか、ご覧ください。

1 原作と初期の移入

  『フランダースの犬』(1872)の作者はウィーダ(本名マリー・ルイーズ・ド・ラ・ラメー)である。イギリス生まれで、もともとは一般向けの作品を書いており、専門の児童文学作家だったわけではない。また、『フランダースの犬』自体も、子ども向けの作品として刊行されたわけではない。ただ、動物と少年が関わる物語であること、もともとは短い作品であることなどから、年少の読者にも読みうるものとなったと考えられる。

 彼女は動物好きとして知られ、作品にも動物を登場させたほか、芸術に目を向ける少年を登場させることもある。邦訳作品では、「むく犬ミューフロー」は犬が登場するし、「ニュルンベルクのストーブ」は芸術的な目を持つ少年主人公の物語である。そして『フランダースの犬』は、芸術にめざめた少年と、賢い犬の双方が登場する物語というわけである。

 日本への最初の紹介は、1908年の日高柿軒(ひだかしけん)『フランダースの犬』(内外出版協会)と考えられる。この日高訳は、舞台はもとのままだが人名は日本風にするというもので、ネロ→清、パトラッシュ→斑(ぶち)、アロア→綾子などとされている。こうした半翻案の形式は、明治期にはほかにも『家なき子』や『若草物語』の紹介などでも見られる。もともと外国の話であることは生かしつつ、固有名詞を日本風にすることで、読者が作品を読みすすめやすいようにと配慮した結果であろう。

 大正から昭和初期にかけての紹介には、やはりイギリスの動物物語としてよく知られたシューウェルの『黒馬物語』とあわせて、一冊とした本が何冊かみられる。どちらも、賢くけなげで、人間にも忠義をつくす動物が登場するという共通点が意識されたためと考えられる。またそれらは、しばしば、子ども向けというより広く家庭向けの造本であることから、この時期には本作品が必ずしも子ども向けであったわけでないこともうかがわせる。そのほか、1920年代に作られ日本にも入ってきたハリウッド映画から、スチールが数葉借用されるなどしている点も、目を引く。

2 原作の構造

 『フランダースの犬』は、比較的短い作品である。新潮文庫や岩波少年文庫も、実は表題とされる本作以外に「ニュルンベルクのストーブ」を併載している。ここでは原作の展開がどのようなものかを確認しておこう。(新潮文庫の8章立てにしたがう。)

 
概要

1・2章

ジェハン・ダース老人は80歳のとき、2歳の孫ネロをひきとる。翌年、3歳の犬パトラッシュを拾う。ネロは6歳のときから老人に代わり、牛乳運びをはじめる。

3章

数年が過ぎる。貧しい生活の中で、ネロの、ルーベンスの絵に対する思いが募る。

4章

ネロは15歳となり、コゼツ家のアロア(12歳)と友だちである。その年の秋、コゼツ旦那に警戒されたネロは、アロアの聖徒祭に呼んでもらえない。アントワープで開かれる絵画コンクールへの出品を決意したネロは、きこりの老人の絵を描き始める。

5章

12月1日、ネロは、無事に絵を搬入する。

6章

コゼツ家の火事があり、疑いをかけられたネロは、村人からも冷遇され、新しい商売敵も登場して苦境に陥る。

7章

老人が死ぬ。一週間後に葬儀を出すが、同時に家主から立ち退きを言い渡され、12月24日の朝、ネロはパトラッシュを連れて家を出る。その日の朝10時にアントワープ着、12時にコンクールの結果発表で落選を知る。

8章

夕方4時、村の近くでコゼツ旦那の財布を発見。届けるとともに、ネロはパトラッシュを預ける。6時に旦那が帰宅してそれを知り、パトラッシュももてなされるが、夜10時、かれはネロのあとを追って再びアントワープに向かう。真夜中過ぎ、大聖堂で再会したネロとパトラッシュは、念願のルーベンスの絵を見るが、翌朝、町の人々がふたりの亡骸を発見、アロアたちも悲嘆にくれる。やがてふたりは、同じ墓に葬られた。

 前半が一気に時間経過する一方、後半の、特に12月に入って以降その流れが遅くなり、最後の一日が実に丹念に、時間を追って描かれていることがわかる。

3 結末の改変

 本作品は、いわば「まにあわなかった悲劇」として作られているわけだが、日本で、これを「最後には認められた物語」に変えた翻訳が数点ある。訳者で数えると二人、宇野浩二と池田宣政である。

 宇野浩二は、「花の首輪」の表題で『少年倶楽部』に1931年1月から6月まで連載したあと、この作品を同年『花の首輪』に収載した。単行本の「自序」によれば、連載時に編集部から改変を依頼されたという。講談社の読者意識がそのような配慮のもととなったと考えられる。ただ、改変といっても、大聖堂でアロアに揺り起こされ、めざめたネロが、パトラッシュとともに車で帰村する途中で簡潔に締めくくられており、静かな印象のためかさほど大きな改変とは感じられない。また、後に小山書店から「少年世界文庫」第四編として『フランダアスの犬』を刊行した際は、原作通りに死ぬ結末としている。宇野にとっては、本作の場合、結末の生死はさほど重視するものでなかったか、違う結末の並存を許容する思いがあったのだろう。

 これに対し、池田宣政の場合は、最初の翻訳が『少女倶楽部』1936年9月号附録まるまる一冊であり、戦後の1946年に偕成社からほぼ同じかたちで、1953年には「世界名作物語」第6巻としてさらに加筆してポプラ社から刊行している。附録版では、1930年代にハリウッドで再映画化されたRKO版のスチールに基づく表紙と口絵数枚があり、映画の結末改変の仕方があるいは池田に影響を与えたかと想定される。だが、版元の要請や映画の影響だけではなく、池田の場合、積極的に改変を施した可能性がある。多くの名作再話を手がけた彼が高く評価するのは、たとえば『母をたずねて』のマルコや『家なき子』のレミなど苦難にめげずに前向きに生きる少年たちであるからだ。本作の翻訳でも、家を追い出されたあと、自力で生きようと試みる姿も描かれる。そうした意志ある少年ゆえに、画才を認められ勉学のため旅立つ結末となったわけである。

4 さまざまなイメージのネロとパトラッシュ

 戦後も、多くの翻訳者たちによって、『フランダースの犬』は人々に読み継がれていった。その中で目立つのは、比較的幼年向けの翻訳というか再話が増えてきたことと、表紙や挿絵に見るネロやパトラッシュの姿が、実にまちまちであることだろう。

 戦後まもなくから1950年代には、日本の新しい創作児童文学はまだ輩出していなかったが、名作物の出版は数多く見られた。そのなかで本作は、「悲劇だけれどむしろ子どもにしんみりと哀れさを感じさせるいい話」として定着していったと考えられる。1959年を区切りとするいわゆる「現代児童文学」出発期の理念として「死」がタブー視されたことと、こうした名作の扱いを対照させてみるのも興味深い。

  また、そうした哀れさやけなげさをより説得的に読ませるために、意識的か無意識のうちかはともあれ、ネロやアロアの絵姿が低年齢化したといった事情もあるのではないか。他方、原作のコゼツ旦那の心配事――思春期の二人が付き合うことの性的な意味を排除したいという、「性」に関わるタブー意識も働いたのかもしれない。本文の訳し方と挿絵のあり方とを照合してみるのも面白いだろう。もちろん、原作相応に十代半ばの大人びた姿の挿絵も、その一方で存在はするのだが。

 さらには、原作でFlemingとされる労働犬が、どのような犬として描かれているかを比べてみることもできよう。犬に関して現在ほど情報が多くはなかった時代に、多少の手がかりを得たにせよ、「賢く忠義でけなげな」犬がどのようにイメージされていたのか、他の動物ものやノンフィクションの場合などとも比較してみることで、物語における動物の存在を考えていくきっかけができるのではないか。

5 二つのアニメーションの影響

 現在の「フランダースの犬」イメージを固めたといっても過言ではないのが、1975年の一年間放映された、テレビアニメーションの「フランダースの犬」である。全52話の放映時間数は、単純計算すれば11時間ほどに当たる。原作の長さを思い浮かべればわかる通り、「長く引き伸ばす」作業が行われたわけである。そのため、アニメ独自の登場人物も何人も作りあげられた。また、全体がネロとアロア中心の展開となりつつも、とくに二年間の時間が経過する構成とされている。そして、何よりも強く印象付けられるのが、この二人の低年齢化である。おおよそ4歳ほど引き下げられ、ネロが12歳、アロアが8歳くらいとなった。これにより、「性」的イメージは立ち入る余地がなくなったといってよい。

 放映後もビデオやDVDのかたちで今日に至るまで長く生き続けた同作は、アニメ絵本などの刊行物としても広範に親しまれている。したがって、ここ30年ほどは、このアニメーション作品の影響抜きには『フランダースの犬』を語ることはできないほどである。

  その一方、そうした個々の刊行物の作られ方次第では、同じアニメーションに拠っているとはいえ、やはり違いがあることは否めない。

 また1997年には、テレビ版のスタッフが監督などとして関わるかたちで、劇場版アニメーション「フランダースの犬」が封切られた。監督のインタビュー記事などをみると、テレビ版の視聴者を意識して、登場人物や物語展開について一定程度それを踏まえる必要があったこと、放映から20年が経過していることから、「20年後のアロア」が修道女として造型されたことなどを知ることができる。アロアの回想という形式は意表をつくものだが、劇場版アニメを挿絵に使った再話も、すべてがその枠組みを生かしているわけではない。テレビ版の存在を前提にしての、苦心の再創造であったといえるだろう。

6 21世紀に生きる「フランダースの犬」

 21世紀に入ってからも、「フランダースの犬」の知名度自体は高い。

 新たな映像としては、たとえばワーナー・ブラザーズの実写版(1998年)がある。なんと、ハッピー・エンドの結末と、「主人公が死を迎える」結末の、2バージョンが作られた。日本で封切られたのは、もちろん後者である。また2009年には、「フランダースの犬」の新しい翻案と呼ぶべき実写版の邦画が公開された。「スノープリンス 禁じられた恋のメロディ」である。脚本=小山薫堂、主演=森本慎太郎のこの映画は、主要な舞台は昭和11年の東北地方で、回想の枠組みや登場人物の設定など大胆な書き換えがされる一方、原作の要素がさまざまに取り込まれている。(角川つばさ文庫のノベライズ版は大枠の設定などが映画とは異なる。)

 文庫版の新訳も複数刊行されたが、目を惹くのは偕成社文庫の雨沢泰訳だろう。従来の代表的完訳では、岩波少年文庫(畠中尚志訳→2003年以降、野坂悦子の新訳)、新潮文庫(村岡花子訳)ともに「ニュルンベルクのストーブ」併載だった。雨沢訳では「ウルビーノの子ども」と「黒い絵の具」が併載作となった。新たなウィーダ作品紹介の意欲が感じられる。

 また、飯田操『忠犬はいかに生まれるか:ハチ公・ボビー・パトラッシュ』やアン・ヴァン・ディーンデレンほか編著『誰がネロとパトラッシュを殺すのか:日本人が知らないフランダースの犬』(岩波書店、2015年)等、興味深い関連書籍も刊行されている。

 2010年代以降には、物語ガイドブックの類での紹介も目立つ。「心を育てる」云々の名目が記されているが、わずかなページ数で昔話や古典名作のあらすじ紹介をする程度であり、作品を味わうようなことは到底できない。

 そんな中で、今やテレビアニメ版のイメージのみ、独立して流通している。2018年年末にはカップ麺テレビCMにパロディーとして使われ、また同年末から開催の「ルーベンス展―バロックの誕生」(国立西洋美術館)でも売店では関連商品が販売されていた。

 どうやら「フランダースの犬」は今日、<「ルーベンスの絵」+「少年と犬」>という構図として、記憶されているのではないか―多少の危惧も感じつつ、「名作」としての名高き「少年と犬」の物語の行く末を、見続けていきたい。     

 

企画監修 佐藤宗子 千葉大学教授(敬称略)                         

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