大阪府立中央図書館 国際児童文学館 企画展示「国際児童文学館移転開館10周年記念 しかけ絵本に驚く、楽しむ ―イギリスの歴史からはじめて―」【解説】
更新日:2023年3月31日
はじめに
本展示では、大阪府立中央図書館 国際児童文学館移転開館10周年を記念して絵本の中でも視覚的な魅力があり、多くの人を魅了してきた「しかけ絵本」をご紹介します。
国際児童文学館は、一般財団法人 大阪国際児童文学振興財団と協力して事業を行ってきましたが、本展示は、元財団理事長で、特別顧問である三宅興子(おきこ)さんの寄贈資料で構成されています(注1)。多くは英語圏の資料で、中には18、19世紀の貴重なものも含まれます。その中から、しかけ絵本の歴史を知り、魅力がたどれる作品を三宅さんに選んで解説を付していただきました。
この展示をきっかけに、大人にも子どもにも絵本の楽しさ、しかけ絵本の魅力を感じていただければうれしく思います。
*注1 資料の整理は順次行っておりますが、閲覧していただくには時間をいただきますことをご了承ください。
三宅 興子さん
児童文学研究者、絵本研究者。一般財団法人 大阪国際児童文学振興財団特別顧問、梅花女子大学名誉教授。大阪生まれ。日本イギリス児童文学会(現 英語圏児童文学会)会長、絵本学会会長、日本児童文学学会理事などを歴任。平成22年4月から平成27年6月まで大阪国際児童文学振興財団理事長を務める。令和元年に世界で優れた研究者に与えられる国際グリム賞を受賞。
[主な著書]
- 『イギリス児童文学論』 翰林書房 1993年
- 『イギリス絵本論』 翰林書房 1994年
- 『イギリスの絵本の歴史』 岩崎美術社 1995年
- 『ロバート・ウェストール』 KTC中央出版 2008年
- 『イギリスの子どもの本の歴史』、『イギリスの絵本の歴史』、『日本の絵本の歴史』 翰林書房 2019年
等多数
しかけ絵本とは
読者が、頁をめくったり、引っ張ったり、ポップ・アップさせると、瞬時に変化し、その仕掛けのスリルを楽しむ本を、総称して「しかけ絵本」と呼んでいます。英語では動く仕組みのものをMOVABLEといい、立ち上がる仕組みのものをPOP-UPといいます。この二つの仕掛けは、現在では、うまく組み合わせて使われるようになってきました。(三宅興子『イギリスの絵本の歴史』 翰林書房 2019年10月 p.116)
※解説に出てくる資料名(著者名)の横にある「【】」内の数字は、資料展示リストの通し番号です。
1. しかけ絵本の歴史―19世紀初頭から
(1)しかけ絵本のはじまり
しかけ絵本のはじまりとされているのは、ハーレクィナード(折り返し本)です。考案者は、ロバート・セイヤーRobert Sayer(活躍期1766-72)で、最初は「変身する本」(Metamorphoses)として出版されました。人気を博したため、模倣作が、当時流行していたパントマイム劇の「道化」Harlequinadesの名前で大量に出版されました。『変身する本』【1】(ドイツ1890年初版)は、のちに、フラップをめくって変化を楽しむしかけ絵本に発展すると同時に、『あたま、からだ、あし』【2】のように、ページを上下3段に切り、ページをめくってさまざまな組み合わせを楽しむしかけ絵本に発展します。トリア【3、4】、ヘレン・オクセンバリー【5~7】も同じ手法で絵本を作っています。
19世紀になると、フラーの着せ替え人形本 『ヘンリーくんのお話』【8】や 『シンデレラ、または小さなガラスの靴』【9】)が出版されます。人形を着せ替えて遊びながら物語を楽しむ絵本です。そのしかけは、『わたしの人形の家』【10】のような人形の家本に発展します。
(2)しかけ絵本の源流
1.フラップをめくるしかけ
フラップをめくるしかけは、単純であるからこそ、現在にも引き継がれていると思われます。最初は、ふたのようなものが付いていて、そこを持ち上げると隠していたものがあらわれるしかけでしたが、後にタブをひくと現れる形に進化します。
『化粧台』Grimaldi, Stacey: The Toilet. 2nd ed. London: Published by the Author. 1821 Ff. 10. 11.7×9.5cm (梅花女子大学図書館蔵)は、このしかけの最初の本で、美しい印刷が特徴です。パーティーで披露して人気になりました。同じしかけで今でも親しまれ、シリーズ化されている作品に『コロちゃんはどこ?』【11】があります。単純なしかけですが、幼児が自分の手で隠れた場所を開けることができるのが人気の理由だと考えられます。
2.のぞきからくり本(Peepshow)
のぞきからくり本は、旅まわりの興行師が縁日や祭りで、覗き穴から物語の場景や建物などを見せたものが源流です。1820年ころから紙でできた作品が出てきます。イギリスでは、第一回万国博覧会や女王の戴冠式【12】などが、お土産本として多数出版されました。のぞきからくり本の元祖は、ドイツの出版者マーティン・エンゲルブレヒトMartin Engelbrecht(1684-1756)が1730年に作成したものであると言われています。そこから発展した形として、表紙と裏表紙をくっつけると円形のメリーゴーランド型になる『シンデレラ:のぞきからくり本』【13】のような劇場型のポップアップのぞきからくり本も出版されています。
3.パノラマ本(Fold-Out Book)
パノラマ本は、折りたたまれた絵本で、一場面ずつ見ながら広げることができ、イギリスでは、博覧会本や王家の祝事などでもよく出版されます。『戴冠式の行列』【14】は、1837年に行われたヴィクトリア女王の行列で、広げると、約3.3mになります。クロウキルの少々グロテスクな味付けのある「マンガ」風の絵が楽しい『英国の王と女王のゆかいな歴史:ウィリアム征服王から現在まで』【15】や、クルックシャンクの誇張したおかしみのある絵で人気本だった『ホレス・メイヒューの空想した歯痛苦行』【16】なども出版されています(ホレス・メイヒューは風刺雑誌『パンチ』の編集長)。
(3)しかけ絵本の隆盛
1.ディーン社のシリーズ
ディーン社は、しかけ絵本が子どもに喜ばれることに気づき、本格的にシリーズ化して取り組んでいます。その中の『ローズ・マートン:幼い孤児物語』【17】は、「ディーン社の新しいドレス本」(Deans New Dress Book)というシリーズで、孤児のローズの6着のドレスに布が使われています。『シンデレラ:劇の一場面』【18】は、「ディーン社の劇の場面シリーズ」(Dean’s Scenic Series)の中の1冊です。
2.アーネスト・ニスターのしかけ絵本
アーネスト・ニスターErnest Nister(1842-1909)のしかけ本は、美しい風景と子どもなどの絵がきれいに印刷されており、一世を風靡しました。印刷や製本は、ドイツでされましたが、英語の絵本としてヴィクトリア朝後期の富裕層に向けて出版されました。「しかけ」の魅力で、現在も多くの復刻版が現役です。本展示では、長方形の絵に、切り込みが入れられていて絵の下部にあるタブを引くと、一瞬で場面が変化する『いないいないばぁ絵本:子どものための新しい本』【19】や、丸い型につけられた短いヒモを引くと、全く異なった場面になる『幼い子どもたちの楽しみ』【20】を紹介しています。
また、復刻版も多く出版されています。その中には、『回転する絵本』【21】、スペイン語版の復刻版『ドン・ルフォの学校』【22】、ページ下部のタブを引っ張るとパタパタと場面が2回変化する復刻版『動く絵』【23】などがあります。
3.ロウザ・メッゲンドルファーのしかけ絵本
ロウザ・メッゲンドルファーLothar Meggendorfer(1847-1925)は、動くしくみと、立ち上がるしくみ(ポップ・アップ)を組み合わせて3D の本を創り、現在まで人気が続くロングセラーになっています。一つのタブを引っ張るだけで、両手、眼玉、あご(歯がでてくる)、足なども動く『ゆかいな役者たち』【24】、背景に描かれた動物のしっぽなども動く『新しいどうぶつの絵本』【25】は稀覯本の中でも特に貴重な資料です。
また、さまざまな復刻版も出版されています。『ロウザ・メッゲンドルファーの国際サーカス』【26】は、絵本を広げるとサーカスのテントのようになっており、『トリック オア トリート』【27】の「すなおなクラス」のページでは、先生が背を向けている間にいたずらやけんかをしている生徒の絵が、タブをひっぱることによって、先生が前を向いて生徒がまじめに勉強する姿に変化します。けれど、文章の末尾には「先生が再び後ろを向くまで」と書かれています。また、『人形の家』【28】、およびドイツで出版された小型版『人形の家』【29】は、馬車が自動車になったり、インテリアが変更されたりしながら、国際的なロングセラーとなったメッゲンドルファーの代表作です。
4.だまし絵
だまし絵Visual Deceptionには、2千年以上の歴史があります。「しかけ絵本」として、もっとも多いのは、本の天地をひっくり返すと、別の絵になる絵本です。本展示では最後のページで本を上下逆にして、物語が第1ページ目に続くしかけの『グスタヴ・ヴァーベックのさかさま世界』【30】、ピーター・ニューウェル(1862-1924)の『さかさま』【31】、中央に穴があいているだけの「しかけ」で、地下室で発射されたロケットが最上階の21階まで、ぐんぐん登っていく様子を描いた『ロケットの本』【32】、ページの真ん中に個性的な顔があって、本を上下さかさまにすると別人になるしかけの『オーホー!ある2つの顔を持つ人たち』【33】を紹介しています。
5.音が出る絵本
音が出るしかけの絵本には、紙をこする音などがありましたが、『おはなしおもちゃの本:にわとり、やぎ、ねこ、鳥、ひつじ、カッコーの声の本』【34】は、矢印のある場所のひもを引くと動物の鳴き声がでます。まだ、4つの鳴き声が聞ける貴重な本です。見開きで、脚韻を踏んだ詩とクロモリトグラフ(*)印刷された絵で構成されています。ドイツで出版された作品で、書名に「おもちゃ本」(Toybook)とあるように、「本型の箱」があって、中のしかけは見えません。(*)クロモリトグラフ印刷は石版印刷を改良させたカラー印刷。
そのほかにもページを素早くめくると、アニメーションのように絵が動いて見えるパラパラマンガFlip Bookをはじめとして、多様なしかけ絵本があります。
2.20世紀に入って―ポップ・アップ絵本の時代へ
(1)ヨーロッパのしかけ絵本シリーズ
1.ブッカーノ童話集
ブッカーノ童話集Bookano Storiesは、第1巻が1934年に出版され、毎年1冊ずつ、17巻(1950)までシリーズで出版されました。しかも、第二次世界大戦中の紙の不自由な時期でも定期刊行されており、おそらくはクリスマス・プレゼントに最適な本として年末に刊行されました。編者のS・ルイ・ジーロー S・Louis Giraud(1879-1950)は、「デイリー・エクスプレス」紙のエディターであり、しかけ絵本のクリエーターです。彼は1929年に「ひとりでに立ち上がる家」のしかけで特許を取り、正面から楽しむだけでなく、四方からも見ごたえのある立体的な新しいしかけを案出したのでした。この他にも、ページを動かし、紙のこすれる音を効果に使ったり、半透明のセロファン紙で光を調節したりと、斬新なポップ・アップを次々と創案しています。読者がページを開くと、絵の一部が立体的に立ち上がるようにデザインされたものをポップ・アップ・ブックといいますが、ジーローは、ロバート・サブダやディビッド・A・カーターなど20世紀後半に花開くペーパー・エンジニアリングの先駆者といえるでしょう。(三宅興子『イギリスの絵本の歴史』翰林書房 2019年10月 p.117~118から。表記を一部改変。)
本展示では、「ブッカーノ童話集」より以前に発行された『ブッカーノの動物園:事実と魅力と楽しさと』【35】、「ブッカーノ童話集」から5巻【36】、10巻【37】、15巻【38】、ジーローがかかわっていると思われる『デイリー・エクスプレスのABC』【39】を紹介しています。
2.ヴォイチェフ・クバスタの昔話ポップ・アップ絵本
ヴォイチェフ・クバスタVoitech Kubasta(1914-1992)の昔話ポップ・アップ絵本は、チェコの出版社アリタARTIA で出版されました。ドイツで印刷され、世界中に広がったようです。第一作は、『あかずきん』(推定1956年)で、1963,4年ぐらいまで出版されたと推定されます。本展示では、表紙左側のタブを右に引くと、シンデレラの服装がドレスアップする『シンデレラ』(ドイツ語版:【40】、英語版:【41】、イタリア語版:【42】)、日本語版『ヘンゼルとグレーテル』【43】、英語版『眠れる森の美女』【44】、50周年記念版『赤ずきんちゃん』(ドイツ語版:【45】)を紹介しています。
(2)アメリカのしかけ絵本
1.ジュリアン・ヴェーアの仕事
ニスターやメッゲンドルファーのしかけ絵本は、富裕層向きで高価であったので、ジュリアン・ヴェーアJulian Wehr(1898-1970) は、安価でしかけ絵本を作り、アメリカの子どもに愉しいものを提供しようと、独自の技術を開発し、特許を取りました。初期のものは、自家出版していますが、後に、出版社から刊行、第二次世界大戦中から50年代にかけてのロングセラーとなりました。『シンデレラ・アニメーション』【46】は、5センチほど切れ目のなかのタブをゆっくり動かすと、3か所で動きが出るようになっています。
2.ウォルト・ディズニーのアニメーション映画からつくられた「しかけ絵本」
ウォルト・ディズニーWalt Disney(1901-1966)のアニメーションは、早くから「しかけ絵本」になって大量に制作されています。映画館でしか動画が見られない時代には、しかけ絵本が「動く絵」として、享受されていたのです。1970年ころの「しかけ絵本」としては「クオリティ」の低いものと、初期のインタービジュアル・コミュニケーション社Intervisual Communicationsが制作にかかわったものがあります。本展示では、『ウォルト・ディズニーのアリスと帽子屋のお茶会』【47】と『ウォルト・ディズニーのミッキーマウスと沈んだ宝』【48】を紹介しています。後者は、「ポップ・アップ反転シリーズ」The Pop-Up Turn-Around Bookの一冊で、一見、平凡に見えますが、最後のページで、本を上下逆にすると、裏側に物語の続きがあり、ミッキーマウス・ファンには、彼の活躍ぶりが楽しい本になっています。また、前者と比較すると10年間の変化がわかります。
(3)20世紀後半の隆盛
1.ウェルド・ハントのインタービジュアル・コミュニケーションズの存在
ウェルド・ハントWaldo Hunt(1920-2009)は、スタンフォード大学を卒業後、戦役を経て、広告代理業として仕事を始めますが、その過程で、ポップ・アップのデザインを広告に使おうと、グラフィックス・インターナショナルGraphics Internationalを始め、アメリカにポップ・アップ・アーティストがいないことを知りました。1965年にはじめて『ベネット・サーフのなぞなぞポップ・アップ絵本』Bennett Cerf’s Pop-up Riddlesを出版、その後ランダムハウスと組んで30作ほどの作品を世に送り出しています。生涯で1000作以上を刊行したと言われています。自身もコレクターで愛好者でした。アメリカの20世紀後半の「しかけ絵本」興隆の影の立役者と言えるでしょう。ジャン・ピエンコフスキーの『おばけやしき』の誕生にも関わっています。
2.デビッド ペルハム
デビッド・ぺルハムDavid Pelham(1938- )は、ペンギンブックス社でアート・ディレクターをした後、しかけ絵本を創るようになります。サブダやカーターの活動の先駆けと言えます。彼の作品には、ロングセラー作品で、サムが姉のサマンサにサンドイッチを作る『サムのサンドイッチ』【49】や、「サンドイッチ本」と同じように「ケーキ型」のしかけ絵本ですが、中のしかけは、全く違って、ネズミ一家のケーキを巡る物語になっており、しかけが複雑で、何度も楽しめる『ひときれのケーキ』【50】などがあります。
3.ロバート・サブダ
ロバート・サブダRobert Sabuda (1965- ) の作品は、大日本絵画が翻訳しているものだけでも35作あり、現在を代表する「ポップ・アップしかけ本」の第一人者だといえます。そのなかで、一番よく知られているのは、『不思議の国のアリス』のトランプの場面ですが、本展示では、あえて、細部のしかけにおもしろさがあり、原作出版100周年記念として刊行された『オズの魔法使い』【51】を選びました。サブダは、これまでに開発された多様な「しかけ」を見事に活かしていて、21世紀初頭の「しかけ絵本」隆盛の中心的なクリエーターと言えます。
4.デビッド・カーター
デビッド・カーターDavid A. Carter( 1957- )は、サブダと同時代のアメリカの作家で、「名作もの」を手掛けず、『はこのなかにはなんびきいるの?』【52】を手始めに、多くの「しかけ絵本」を制作しています。本展示では、ほかに『あかまるちゃん』【53】、『くろまるちゃん』【54】を紹介しています。
5.ジャン・ピエンコフスキー
ジャン・ピエンコフスキーJan Pienkowski (1936- ) は、ポーランド系のイギリス人で、2008年に国際アンデルセン賞を受賞しています。『おばけやしき』【55】は、30カ国以上(言語13)で出版され、1992年には、約110万部の人気作。「怖い絵本」の重要性を認識させてくれた「ロングセラー」です。
また、シルエット画の名手で、ジョーン・エイキンJoan Aiken作品に美しい挿絵を描いています。本展示では、『おばけやしき』のほかに、『ファースト・クリスマス』【56】を紹介しています。タイトルにあるcarouselは、メリーゴーランドの意味ですが、この形は一場面ずつ奥をのぞくので、「のぞき本」A Peepshow Bookともいわれます。場面を白と赤に統一してクリスマスを表現しており、数多くある「クリスマスしかけ本」のなかで、キリスト生誕場面のシンプルな美に特徴があります。
6.モーリス・センダック
モーリス・センダックMaurice Sendak(1928-2012)は、メッゲンドルファーのしかけ絵本に「讃」をつけるほど、しかけ絵本好きで、『マミー? 』【57】はセンダックの第1作のしかけ絵本になりました。どの場面も恐ろしく、立ち上がるしかけとともに、右ページ半分にもうひとつのしかけがあります。
(4)しかけ絵本の名手とユニークな作品群
1.ブルーノ・ムナーリ
ブルーノ・ムナーリBruno Munari (1907-1998) は、第二次世界大戦下で物資の不足するなか、5歳の息子のために全9作品のしかけ絵本を創りました。ロングセラーとなって、英語版、日本語版などがあります。『たんじょうびのおくりもの』【58】とイタリア語版『ジジのなくした帽子』【59】を展示しています。
2.そのほかのユニークな作品
そのほかのユニークな作品として、しかけは表紙に取り付けられた2つの眼玉だけという数の絵本『10頭のちいさな恐竜』【60】、ジャック少年の顔が上部に、脚が下部にでてくる、ジャックの日常を描いた『ジャック』【61】、透明のプラスチック・ページをめくるとテントウムシの裏側が印刷されていて、美しいフォルムがでてくる、自然の美と不思議を味わうフランス語が原著の科学しかけ絵本『てんとうむし』【62】、スキャニメーションScanimationと名付けた特許で、ページを開けただけで、動物が左から右に走る『ギャロップ:スキャニメーション絵本』【63】、「デイジー・チェーン」シリーズで6人の魔女が繋がっていて、立てたままで飾る『まじょおばさん』【64】などが挙げられます。
また、『直線さがそ』【65】のように、単純で美しい絵本のしかけ絵本もあります。
3.日本のしかけ絵本から
日本のしかけ絵本は、江戸時代からあり、和紙でしたので観音開きや秘密の絵を隠している紙をめくるなどが中心でした。ポップ・アップが出てきたのは、近代化した以後、洋紙が輸入されて以後と思われます。
本展示では、スペースの関係もあり、日本のしかけ絵本の全容は展示できませんが、大正期には幼年向きの絵雑誌が隆盛になり、絵雑誌のなかに「しかけ」を入れることで、売り上げを競い合っていました。その後、こうした技は、児童雑誌の付録合戦として、引き継がれていったようです。
日本のしかけ絵本の一例として、「ウチヌキヱホン」という定期刊行物の『動く動物』【66】と、『お伽の森』【67】を展示します。前者は、真ん中のキリンのポップ・アップは、S・ルイ・ジーローの『ブッカーノの動物園:事実と魅力と楽しさと』【35】のしかけと似ており、後者は「ブッカーノ童話集」【36~38】のしかけと酷似しています。
3. 今後も「しかけ絵本」を楽しむために
(1)そのグローバル性
「しかけ絵本」の個々の本に書かれている書誌データ(本の情報)には、出版社だけでなく、印刷所とその所在地、作家と画家、ペーパー・エンジニアリングに関わった人々の名前などが含まれています。細かな作業を伴う出版ですので、低賃金で技術のあるところを探して印刷・製本などがされています。イギリス→ドイツ→チェコなど→香港、日本、シンガポール→・・・20世紀後半は、アメリカのロサンゼルスで多くのしかけ絵本が企画され、中国、タイ、エクアドル、メキシコ、チュニジアなどで、印刷・組み立て・製本がなされてきました。
(2)現在と未来
単純な「しかけ」から複雑な「しかけ」へと、その歴史は進んでいますが、「しかけ絵本」としては、名作もの、有名な昔話や民話、おばけやしきや幽霊城などが数多く見られました。そのなかで、「しかけ」を活かす展開のある発想豊かなオリジナルな作品も多くでてきました。映画やアニメーションと比べるとはるかに小さいチームですが、オリジナルな発想を支えるエンジニアの存在がクローズ・アップされてきています。
(3)日本の「しかけ絵本」
日本では、単行本ではなく、幼年雑誌や少年少女雑誌やその付録として、「しかけ」にふれてきました。「おまけ文化」的な要素が見られたようです。研究的な視点からの見直しが進むと、面白い文化史ができる可能性があります。
(4)科学の「しかけ絵本」
「しかけ絵本」の歴史で、重要な分野に「科学の本」があります。本展示では、断片しか伝えられませんでした。2Dから3Dへと変化し、その後も変化しつづけているしかけ絵本ですが、人体や地球、宇宙などがテーマになった興味深いしかけ絵本があります。また、ナショナル・ジオグラフィック・ソサエティNational Geographic Society のアクション・ブックAction Book など、3Dだからこそ伝えられる分野があります。
解説執筆:三宅興子(一般財団法人 大阪国際児童文学振興財団特別顧問)、一般財団法人 大阪国際児童文学振興財団