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本蔵-知る司書ぞ知る(93号)

更新日:2024年1月5日


本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2022年7月20日版

今月のトピック 【家族が描いた森鴎外】

今年は日本文学史上、「文豪」と呼ぶにふさわしい足跡を残した作家・森鴎外の生誕160年・没後100年の記念の年です。当館では、鴎外の著作や評伝等の関連資料を集めた展示「文豪 森鴎外」を開催しています。医学者と文学者の二刀流で活躍した鴎外。その家族もある者は医学者として、またある者は文筆家として筆を執り、それぞれの目を通した「家族としての」鴎外像を書き留めました。今回は展示資料の中から、家族が執筆した鴎外に関する随筆3点をご紹介します。

鷗外の思い出 (岩波文庫)』(小金井喜美子/著 岩波書店 1999.11)

鴎外の年の離れた妹で、生涯にわたり兄のよき相談相手でもあった著者が、心の赴くままに書いた回想記。特に10歳くらいの頃の森家の暮らしぶりや、まだ何者でもなかった青年「森林太郎」との交流が、憧憬と親しみの入り混じる妹の視点で描かれていて印象的です。「しませんかった」といった独特の言い回しも含め、当時の知識階級女性の品格のある文体とともに、江戸時代と地続きだった明治の世を、士族の誇りと共に生きた中流家庭の記録として読んでも興味深い内容です。

父と私 恋愛のようなもの (ちくま文庫)』(森茉莉/著 早川茉莉/編 筑摩書房 2018.5)

鴎外の最初の娘として生まれ、父に「おまりは上等」と溺愛されて育った作家・森茉莉による父・鴎外に関するエッセイをまとめたアンソロジー。読点の多い森茉莉独特の文体で、全編とにかく「パッパ(鴎外)大好き!」で彩られた内容にやや胸焼けしそうな気持ちにもなりますが、父への愛情と喪失の哀しみを転化して鮮やかな物語を創出し、晩年貧困に陥りながらも想像力に満ちた日々を過ごした茉莉の生涯を想う時、苦難の中でも彼女の人生を支え続けた鴎外の深い愛情の記憶と、父娘の幸福な関係性に胸を打たれます。

父親としての森鷗外 (ちくま文庫)』(森於菟/著 筑摩書房 1993.9)

著者は鴎外の長男として生まれ、父と同じ医学の道に進み、後に解剖学の権威となった人物です。鴎外の子の中で唯一前妻の所生で、早くに里子に出され、森家に戻ってからも父と共に過ごした時間が多くはなかった著者は、それ故にか、少し離れた地点から当時の森家で起こっていた諍いや鴎外のどこか優柔不断な態度などを観察し、家長、父、軍医、作家など様々な顔を持つ人間・森鴎外の姿を、医学者らしい透徹した目線で記録しています。兄や父として素直に愛情に浸ることができた女性たちとは違い、偉大な父を持った息子のプレッシャーはただならぬものがあったでしょうが、それを感じさせない知性溢れる回想記です。

今月の蔵出し

重慶大厦(マンション)百景』(河畑悠/著 彩図社 2020.10)

香港の建物といえば高層マンションや巨大ビルを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。重慶大厦(チョンキンマンション)は、香港の九龍地区に1961年に完成した巨大雑居ビルです。

私がこのビルを知るきっかけとなったのは学生時代に見た映画で、舞台となっていたこのビルの混沌としたあやしい雰囲気や複雑そうな空間にとても興味をひかれました。それ以来「内部のつくりはどうなっているのだろう」「住んでいる人はいるのだろうか」「どんなお店が入っているのだろう」などの疑問が頭の片隅にあったのですが、本書がそれに答えてくれました。

建物は正面から見るとひとつのビルのように見えるのですが、実際は17階建ての3つのビル「A座」「B・C座」「D・E座」の5座からなっていて、3階以上は座どうしでの横移動はできないという構造です。エレベータ―はひとつの座に2基ずつ設置されていて合計10基ありますが、偶数階用と奇数階用に分けられているので、目的の階にたどりつけるのは1基のみです。

当初は高級マンションとして建てられたそうですが、本書が取材された2019年の時点で、純粋な住居として使われているのは500戸近くあるうちの30戸ほどです。このほかは6割がゲストハウス(部屋数は約2500室)、2割が飲食店、残りが従業員の休憩室や厨房、オフィス、服飾店、雑貨店、両替店などです。働く人の出身はさまざまで、旅行者を含めるとこのビルには120カ国以上もの国籍の人々が集まっているといわれています。本書には人々のインタビューや内部の写真が豊富に掲載されていて、その場の様子や空気を色濃く感じることができます。

香港のビルをもっとみてみたいという方には、団地をはじめとしたカラフルなビルを観賞できる写真集『香港のてざわり』もおすすめです。

                                            【ミルクパン】

みどりのトカゲとあかいながしかく​』 (スティーブ・アントニー/作・絵 徳間書店 2016.7)

表紙はたくさんの小さな緑のトカゲと、積み木のような赤い長四角。表紙をめくるとトカゲたちは、一方向を向いている。向いている先には高い壁のような赤い長四角たち。緑のトカゲと赤い長四角は、戦っている。理由はわからない。お互いなんとかして相手を倒してやろうと、ぐいぐい攻め込む。決着はなかなかつかない。すると一匹のトカゲが「なんのために戦っているの?」と声を上げるが、大きな長四角につぶされてしまう。そして、戦いはさらに激しくなっていき、とうとう疲れ果てた赤い長四角が「もう、うんざりだ!」と叫ぶ。トカゲと長四角が話し合った末に出した結論は、「一緒に仲良く暮らすこと」。

ユニークな表情の緑のトカゲと赤い無機質な四角、自分とは全く違う相手を受け入れ、共存していく。難しい言葉ではなく、平和への想いがすっと入ってくる。小さい頃からの平和教育の必要性を、特に感じる今日この頃。子どもたちと一緒に読んで欲しい絵本です。

裏表紙をめくると、並んだ赤い長四角にChu!とキスする傷を負ったトカゲがキュートです。一日も早く世界中に平和が訪れますように。

【ウメ子】


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