本蔵-知る司書ぞ知る(55号)
更新日:2019年5月20日
2019年5月20日版
今月のトピック 【中島敦生誕110年】
中島敦は、1909年5月5日に生まれ、1942年12月4日喘息のため33歳という若さで死去しました。今年は生誕110年に当たります。中島敦といえばやはり『山月記』でしょうか。この作品は学校の教科書で読んだ、あるいは読まされた経験がおありの事と思います。
1909年生まれといえば、太宰治、松本清張、大岡昇平、埴谷雄高、長谷川四郎、中里恒子、小堀杏奴など、多種多彩な作家がいます。当館では、6月に太宰治を中心に1909年生まれの作家の展示を予定していします。ぜひご来場ください。
『大人読み『山月記』』(増子和男ほか/著 明治書院 2009.6)
『山月記』『名人伝』『弟子』『李陵』の原典となった中国古典を鑑賞し、それらの作品が生まれるにいたった道筋について記されています。さらに、狂言師の野村萬斎による中島作品の舞台化を紹介、『マンガ『山月記』』の作者・西村悠里のインタビューなどが収録されています。
『中島敦殺人事件』(小谷野敦/著 論創社 2009.12)
樋口一葉をテーマにした『美人作家は二度死ぬ』に続く夭折した作家をめぐる批評的小説の第二弾です。ヒロインは前作同様菊池涼子です。著者は解題に「中島敦がそれほどの大作家か、というのを書いてやろうという、天邪鬼な心理が働いたのである」と記しています。
『佐藤春夫と中国古典(近代文学研究叢刊)』(張文宏/著 和泉書院 2014.9)
佐藤春夫は、中島敦の『山月記』と同じく唐代伝記の「虎の話」を基にした翻案小説『親友が虎になつてゐた話』(『定本佐藤春夫全集 第31巻』所収)を書き上げています。「第五章 佐藤春夫の「人虎伝解釈:中島敦「山月記」との相違を中心に」では、典拠を踏まえつつ翻案された両作品の相違点及び改変・加筆された箇所を明らかにして、それぞれの独創性についての考察がなされています。
(文中敬称略)
今月の蔵出し
『マーク・トウェイン短編全集 中』(マーク・トウェイン/著 文化書房博文社 1994.1)
本書には、24のお話が収められています。その中から「百万ポンド銀行券」をご紹介します。昔、子ども向けで出されたものを読み、ずっと心に残っていたものを再読しました。
百万ポンドは、当時のアメリカのお金にすると5百万ドル、現在なら10億円以上の値打ちがあるようです。この銀行券がイギリスで2枚だけ発行されたことがあり、これを貧乏で正直で聡明そうな人に持たせると一か月後にどうなるのか、2人の兄弟が賭けをします。賭けの対象者は、27歳のアメリカ人。小さな帆船で沖に流され、ロンドン行きの船に拾われます。船賃代わりに働き、上陸時には無一文になります。渡された銀行券で会計をしようとしても、お釣りを用意しているお店はありません。「貸し」という形で食事をし、物を手に入れることになります。彼は徐々に有名になり、アメリカ公使の晩餐会に招かれ、そこで恋に落ちます。賭けに勝ったのは・・・。
この全集には、「ハドリバーグを堕落させた男」という話も入っています。ある男がハドリバーグという町に恨みを持ち、用意周到に誠実で高潔な町に復讐する話です。 このお話は高校時代に文化祭で劇の題材としましたが、その他大勢の役で出演し、あまり内容を覚えていなかったので、こちらも再読しました。この原作をよくぞ高校生に演じさせたものだと、今となっては脚本を作った同級生に尊敬の念を禁じ得ません。
マーク・トウェインには有名な長編作品がたくさんありますが、短編にも諷刺のきいた味わい深いものがありますので、ぜひお試しください。
【雨水】
『鬼の柔道 猛烈修行の記録』*(木村政彦/著 講談社 1969)
『鬼の柔道』は昭和初期に無敵を誇り、史上最強の柔道家といわれる木村政彦の自伝です。木村政彦については、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』がベストセラーになったので、ご存知の方も多いかもしれません。
木村政彦の自伝には『鬼の柔道』のほかに『木村政彦 わが柔道』があります。この2冊には、毎日9時間を超える稽古、腕立て伏せ千回、立木への打込千回といった猛烈な練習、そして寝る間を惜しんで研究と工夫に勤しんだ姿が記されています。木村政彦のモットーは“三倍努力”。人の倍努力するのは当たり前。倍の努力では一番になってもすぐに追いつかれてしまう。一番であり続けるためには人の三倍努力をしなければならない。そんな意識で練習を続けたそうです。
『鬼の柔道』は元大阪外国語大学教授で朝鮮語の研究者である塚本勲先生寄贈のコレクション「塚本文庫」に含まれています。(塚本文庫は、館内利用のみで、4階人文系資料室のカウンターで閲覧申込が必要です。)塚本先生は天王寺高校時代にキャプテンを務めるなど柔道に打ち込みました。それもあって朝鮮語関連資料が中心の「塚本文庫」の中には、柔道に関する資料も含まれています。
塚本先生は苦労をして独学で朝鮮語を学んだ後、資金難や外圧などの様々な困難、病にも負けず、23年の歳月をかけて『朝鮮語大辞典』(上・下・補巻)*を完成させました。
『鬼の柔道』には塚本先生によるものと思われる、赤ペンで印のつけられた箇所があります。
- 「現代の柔道家に、私があきたりないものをおぼえるのは、自分自身を死の一歩手前まで追いつめるという鍛錬をしないということである。それだけの鍛錬をすれば、技術面も精神面も必ず上達する。(25ページ)」
この一節からは、文字通り命を懸けて研究し、そして辞書の編纂を成し遂げた塚本先生の姿が浮かんできます。
*の資料は館内利用のみです。
【Running Librarian】