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本蔵 -知る司書ぞ知る(12号)

更新日:2024年1月5日


本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2015年10月20日版

浄瑠璃素人講釈 上』(杉山其日庵/著 岩波文庫 2004.10/11)

この本の書名に使用されている浄瑠璃とは、竹本義太夫の創始になる義太夫節を指します。こんにち私たちが「文楽」の名で知っている人形浄瑠璃が、義太夫節の語りにあわせて人形を遣うものであることは言うまでもないでしょう。
この本の初出は大正15(1926)年、出版社は黒白発行所というところでした。その後昭和50(1975)年になって鳳出版から影印本が覆刻出版され、平成9(1997)年にはクレス出版の『近世文芸研究叢書』の一冊として岡鬼太郎の『義太夫秘訣』と抱き合わせで覆刻されています(中之島図書館蔵)。岩波文庫版は四度目の出版ということになりますが、過去三度の出版と違う点は、大正中期から昭和初期にかけて刊行されていた雑誌『黒白』に『義太夫虎之巻』という題で連載されていた本書の初出原稿のうち、単行本出版以後に発表された未公刊分も併せて収録したところです。いわばこの岩波文庫版が、本書の決定版ということになります。

岩波文庫には、本書の翌年に三宅周太郎の『文楽の研究』と『続・文楽の研究』が収録されています。三宅周太郎は大正から昭和の著名な劇評家でした。また先に触れた岡鬼太郎も明治から昭和初期に掛けて活躍した劇評家です。それに対し、本書の著者は明治大正の政財界のフィクサーと目された人物ですが、義太夫節に関しては愛好家であったものの、あくまで素人でした。だからこそ本書の題名は『浄瑠璃素人講釈』なのですが、その素人が書いた「講釈」が、初出以来何度も覆刻され、遂には岩波文庫に収録されたというのはただごとではありません。
そればかりか、この本の各章は『国立劇場上演資料集』*や『国立文楽劇場上演資料集』*に、何度も再録されているのです。管見の限りでは、その回数は優に50回を超えています。これもまた、ただごとではないと言えるでしょう。
また劇評家・演出家の武智鉄二はこの本を「私の生涯を支配した本」と言い、浄瑠璃研究者で早大名誉教授の内山美樹子は本書下巻所収の解説で「近代浄瑠璃史に輝く名著」と評しています。
素人が書いたこの本が、なぜそれほどに重要視されているのでしょうか。

それはこの本が、義太夫節の「風〈ふう〉」を伝える唯一無二の著作であるからです。「風」は難しい概念ですが、かみくだいて言うなら、義太夫節の各外題に固有の「演じ方」です。そしてそれは、各外題の初演時にそれを語った太夫の語り口に由来します。
しかし、本書で採りあげられている95段の外題はことごとく江戸時代に初めて演じられたものです。録画録音というものがなかった時代にあって、その「風」の伝承はどのようにしてなされたのでしょう。言うまでもありません。口伝、口授によったのです。著者の杉山其日庵は本書上巻の「はしがき」で次のように語っています。

「今庵主は、その妙風の何物たるを穿鑿する百千万分の一にでも参考となるべき資料を発見したいと、藻掻きあせりつつある一人である。/しかしてその修業の資料は、元々口移しの仕事で、咽と腹と頭の働きで、空気の顫動させ方、即ち声の働きを定規とせねばならぬ物が、筆や墨で決して書き顕わされる物ではない。これを芸道の妙風と云うのである」

しかしながら素人の杉山其日庵がそのような風を自ずから体得していたわけではありません。当然のことですが、杉山に「風」を教えた人物がいたのです。それは明治期の義太夫界を代表する太夫の竹本摂津大掾であり、竹本大隅太夫(三代)であり、そして彼等の相三味線を務めた豊沢団平(二代)や名庭絃阿弥(六代豊沢広助)という名人たちでした。すなわち本書は、それら明治の大名人の口伝による「風」を、著者杉山其日庵が驚異的な記憶力を駆使して書き遺したものであり、言い換えれば竹本摂津大掾ら明治の大名人たちの秘伝書なのです。
したがって本書の本質は義太夫節の技法書です。その道を志している人には当り前の専門語でしょうが、「スエテ」「ニジッタ」「ハルフシ」「ユリナガシ」などということばが頻出するのは、真の素人読者には敷居が高いと言わねばなりませんが、各章に登場する人々との交流のエピソードには捨て難い面白味があります。
登場する人物は義太夫関係者ばかりではありません。日露戦争の英雄児玉源太郎の名もあれば、維新の元勲後藤象二郎とその息子の猛太郎、柳原白蓮の兄の柳原義光も登場します。こうした人々の知られざるエピソードの数々こそ、本書を義太夫節専門家だけの技術書の範疇に留めさせない由縁と言えましょう。

関連する資料として、『織田作之助全集7』に収録されている「文楽の人」には、杉山其日庵と竹本大隅太夫の面白いエピソードが書かれています。また『日本の芸談3 能・狂言・文楽』に収録の「山城少掾自伝」にも、豊竹山城少掾と杉山其日庵とのエピソードが触れられています。豊竹山城少掾は昭和を代表する義太夫の名人で、昨年隠退した竹本住大夫や現役の豊竹咲大夫は山城少掾の弟子です。
また三味線の鶴澤道八の『道八芸談』や人形の吉田栄三の『吉田栄三自伝』*にも杉山其日庵とのエピソードが語られています。
国立劇場上演資料集〈481〉』*には三代竹本越路太夫宛杉山其日庵書簡が、『国立劇場上演資料集〈498〉』*には竹本摂津大掾宛杉山其日庵書簡が翻刻紹介されています。著者と義太夫節の名人たちとの交流の深さを知らしめる貴重な資料といえるでしょう。どちらも中之島図書館で閲覧できます。(文中敬称略)

*の資料は館内利用のみです。
【鰈】

大名行列を解剖する:江戸の人材派遣』(根岸茂夫/著 吉川弘文館 2009.11)

大名家家中のサラリーマン武士の日常について書かれた磯田道史の『武士の家計簿』が人気を博したことは記憶に新しいですが、これまでに十分研究されてきた歴史上の様々な事柄についてもさらに研究が進み、新しい成果が続々登場しています。「大名行列」からイメージされる参勤交代についても、これまでは忠田敏男『参勤交代道中記』のように、大大名家に残された記録から主に外見的な部分を中心に研究が進んでいましたが、近年その内情へと考察が深まってきています。

「大名行列」ときけば、華やかでかつ威厳のある行列のイメージを誰もが持つにも関わらず、そもそも「大名行列」はどのくらい長いのか、どのような構成なのかは、これまであまり問題にされていませんでした。本書では、記録、絵画、絵図など数多くの史料を丁寧に研究解釈し、ひとりひとりの構成員にスポットを当てていきます。見えてくるのは、きらびやかな行列を構成するメンバーの実に6、7割が、武士ではなく、「渡り者」と呼ばれる派遣・アルバイトだったという実情です。

その始まりから軍事政権であった江戸幕府は、世にも稀な平和を達成しながらも、皮肉なことに建前上は武力を維持し武威を誇ることによって、支配者としての正当性を保つ必要がありました。平時にあっても出陣に準じた姿で外出し武威を見せつける、その最も具体的な行為こそが「大名行列」であり、中でも、全国から武士が参集し軍隊の装備で行進しながら江戸や街道を行き交う参勤交代は、幕府の武威を示す壮大な軍事パレードとしての側面もありました。

しかし、平時は不要な人数を行列のために揃えなければならず、その負担は非常に大きいものでした。平和な状態が長く続き、武家の中でも武威を示すという当初の目的意識が薄れ、行列としての体裁を整えることが最も重要な目的となった結果、家来は最小限の人数に抑え、行列に必要な残りの人員については一時的な労働力で対応しようと考えるようになりました。「渡り者」の登場です。

武士ではない派遣・アルバイト、果てには日雇いの奉公人が多数を占める「大名行列」が一般化するに従い、主従関係の強い絆という武家の理念は崩壊し武家を軽んじる風潮ができ、次第に奉公人たちは「がさつ」な行動を行うようになりました。時代劇の「大名行列」では、粋な衣装を着た奴(やっこ)が鎗を投げ上げるのを見かけます。現代人の目には勇壮なパレードの華麗なパフォーマンスにしか見えませんが、そういった行為は雇用主の武家の意志によるものではなく、奉公人たちが自発的に行う「がさつ」な行為でした。

著者は、武家の権威の象徴である鎗を投げて弄ぶといった行動を、厳しい身分制やその文化に対して「渡り者」が示す精一杯の抵抗だったと考察しています。「大名行列」の中で武家に寄生しつつ、「がさつ」という彼ら独自の文化を作り上げていったのです。武士たちはその行動に顔をしかめつつも、行列を維持するために制止することはできませんでした。しかしこの「がさつ」な文化は、武家の弱体化を露呈する一方、「渡り者」と武家が相互に依存し合っているために、武家の衰退とともに消滅していく運命にありました。本書は「大名行列」の変容を丹念にたどることにより、社会構造や庶民の意識が近世から近代へと少しずつ変化していく姿をつぶさに見せてくれています。

このように研究が進んできた結果か、参勤交代をテーマとした作品が近年続々と登場しています。大名の江戸までの参勤の道中を書いた土橋章宏『超高速!参勤交代』は、昨年映画が公開されましたが、早くも国許までの交代の道中をえがく続編の制作が発表されました。テレビドラマ化された浅田次郎の『一路 上』『一路 下』は旗本の参勤道中の様子を書いています。また、漫画の世界でもオノ・ナツメの『つらつらわらじ 備前熊田家参勤絵巻』(当館未所蔵)が登場しています。どの作品も、時代劇の「大名行列」のイメージとは違った、より実情に近い書き方をされています。いずれも武家の視点で書かれた作品ですが、いつかもっと庶民に近い「渡り者」の目からみた「大名行列」が書かれる日が来るのかもしれません。(文中敬称略)

【御書物方同心】

『渚のふたり (インディペンデントドキュメンタリー傑作選)』(イ・スンジュン/監督,撮影 チョ・ヨンチャン キム・スンホ/出演 ラインコミュニケーションズ2014.9)

今回採りあげるのはDVD版のドキュメント映画作品です。

2011年に韓国で、2014年2月に日本でロードショーされた「渚のふたり」。韓国内で「もっともうらやましいカップル」と呼ばれた視覚障がいと聴覚障がいの重複障がいを持つ盲ろう青年 チョ・ヨンチャンと、その妻で脊椎に障がいのあるキム・スンホの2年間を追ったドキュメンタリー映画。二人は指点字(ゆびてんじ・両手の6本の指を点字の6つの点に見立て、指で点字を打つこと)で会話をし、触れ合うことで心を通わせる夫婦の愛を描いた作品です。また、アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭でアジア映画として史上初の最優秀賞も受賞しています。

盲ろう青年 チョ・ヨンチャンは、若い頃に視力と聴力を失ったが大学に進学。大学では通訳者の支援を受けながら他の学生と同じように講義を受講。通訳者がパソコンに入力した文書をブレイルセンスと言う点字ディスプレイ(点字携帯情報端末)を使って読み取る。韓国では日本のような盲ろう者への福祉制度はないが、支援者の協力で様々なことへ挑戦していることが、このドキュメンタリーから伝わってきます。

盲ろう者はとかく支援を受けてばかりと思われるかもしれませんが、妻で脊椎に障がいのある キム・スンホとの生活ではお互いのできない部分を補いながら生活していることがよく分かります。また、韓国の盲ろう者との積極的な交流や模範的な活動をこのドキュメントから知ることができるのです。

本作品には聴覚障害者向けにバリアフリー字幕が、視覚障がい者向けに音声ガイドが入っています。ディスクを入れると音声案内があり10秒後に音声ガイド付きの本編が自動再生されるがメニューから、1.日本語字幕版、2.日本語吹き替え版、3.音声ガイド・日本語字幕付き日本語吹き替え版、を選んで利用することができます。

歴史的に全世界で有名な盲ろう者としてヘレン・ケラーは誰もが知っている人ですが、日本で現在、最も有名な盲ろう者は東京大学の福島智教授ではないでしょうか。また、日本の盲ろう者が書かれた書籍も多く出版されていて、今年、発売された図書も既に2冊あります。

ぼくの命は言葉とともにある 9歳で失明18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと』 福島智/著 致知出版社 2015.5

手のひらから広がる未来 ヘレン・ケラーになった女子大生』 荒美有紀/著 朝日新聞出版 2015.3

聴覚障がい者向けに字幕や手話が入った映像資料(DVD)は、当館にも多く所蔵しています。洋画には字幕が付与されているものも多いのですが、最近の日本で制作された映画でも聴覚障がい者向けに日本語字幕の入ったものも増えてきています。また、聴覚障がい者情報提供施設や関連する出版社が聴覚障がい者向けに字幕や手話を入れた映像資料の制作も少しずつであるが増えてきています。なお、当館ホームページでは、障がい者サービスのページにある「字幕入り・手話入りの主なDVD」で、主に聴覚障がい者を対象とした資料を紹介しています。

一方、視覚障がい者向けに、音声ガイドがつけられている映像資料は現状では少ないながら、日本語の映画の一部にあります。視覚障がい等に限定されますが、映画の音声部分に音声解説を付けたDAISY(※)図書「シネマDAISY(シネマ・デイジー)」が視覚障害者情報提供施設で制作されていて、当館でもつぎの3タイトルを所蔵しています。

白い巨塔』* 山本薩夫/監督 日本ライトハウス情報文化センター 2013.11

泥の河』* 小栗康平/監督 日本ライトハウス情報文化センター 2014.1

夫婦善哉』* 豊田四郎/監督 日本ライトハウス情報文化センター 2014.1

シネマDAISYについては、全国の視覚障がい者情報提供施設で200タイトルが制作されていて、点字図書や録音図書の全国最大の書誌データベースであるサピエ図書館を通じて視覚障がい等の利用者にはCDなどで貸し出しています。

※DAISYとは、Digital Accessible Information SYstemの略で、視覚障がい者や普通の印刷物を読むことが困難な方のためのカセットに代わるデジタル録音図書の国際標準規格として広く用いられています。詳しくは当館ホームページ「DAISY図書所蔵目録」をご覧ください。

*貸出は、障がいにより活字による読書が困難な人などに限ります

【S】

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