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本蔵 -知る司書ぞ知る(9号)

更新日:2024年1月5日


本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2015年7月20日版

シャンパン:泡の科学』(ジェラール・リジェ=ベレール/著 白水社 2007.9)

俵万智の歌集『チョコレート革命』に、こんな歌があります。

カラスミのパスタ淫らにブルネロディモンタルチーノで口説かれている

この歌集は不倫を想起させる男女の関係を歌って大きな話題を呼びました。ここに引いた一首も濃密なエロスにあふれていますが、詠みこまれた「ブルネロディモンタルチーノ」ということばを知らなければ、この歌をきちんと理解することはできません。
これはイタリア産の赤ワインの銘柄を指すことばです。ブルネッロ・ディ・モンタルチーノはフィレンツェを州都に擁するトスカーナ州で屈指の高級ワインで、レストランでボトルを開けるとするなら、生産者にもよりますが、一番大きなお札一枚で足りることはまずないでしょう。
俵万智のこの歌は、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノという高級ワインの名を詠みこんだことによって、懐に余裕のある壮年の男と、その下心を見透かしている若い女の、密かな会食の場面を鮮やかにイメージさせます。ブルネッロを飲んだ経験がある読者であれば、その濃厚で官能的な味わいを思いだして、この場面にこのワインを登場させた俵万智のセンスに膝を打つことでしょう。
ブルネッロを濃厚で官能的と書きました。このワインを語る評語をほかにいくつか挙げると、がっしりした骨格、エレガントで柔らか、豊かな果実味、チェリーやミントのアロマといったことばが並べられますが、おそらくこれらの評語からこのワインの味わいを想像することはできないでしょう。筆者の語彙の乏しさ、言語表現の拙さは覆うべくもありません。ですが、そもそもワインの味わいを言葉で表現しうるものなのでしょうか。

開高健は短編小説『ロマネ・コンティ・一九三五年』で、自身がモデルと思われる登場人物の小説家に、世界中のワインの最高峰と言われるロマネ・コンティと、その弟分とでもいうべきラ・ターシュを飲ませ、語らせています。そのうち後者についての評言が名文です。引用してみましょう。
「いい酒だ。よく成熟している。肌理がこまかく、すべすべしていて、くちびるや舌に羽毛のように乗ってくれる。ころがしても、漉しても、砕いても、崩れるところがない。さいごに咽喉へごくりとやるときも、滴が崖をころがりおちる瞬間に見せるものをすかさず眺めようとするが、のびのびしていて、まったく乱れない。若くて、どこもかしこも張りきって、潑剌としているのに、艶やかな豊満がある。円熟しているのに清淡で爽やかである。つつましやかに微笑しつつ、ときどきそれと気づかずに奔放さを閃かすようでもある。咽喉へ送って消えてしまったあとでふとそれと気がつくような展開もある」
さすがに大作家はひとくちのワインの味わいを饒舌かつ華麗に描いていますが、これでラ・ターシュというワインの味わいを想像できるのかというと、おそらく無理でしょう。

世の中にはワイン本と呼ばれるものがあふれていますし、それらの本を読むと一様に、採りあげたワインを言葉でさまざまに表現しようと努力しています。ですがどれほど努力しても、ワインの味わいというものを本を読んで知ることはできません。ワイン本を買うお金があるなら、良心的なワインバーでグラスワインを何種類か飲んだ方が、よほどワインの勉強になるという人もいます。蓋しくも真理ならむ、とでも言っておきましょう。

ずいぶん寄り道をしてしまいました。今回紹介する本は、当館に数あるワイン本の一冊ですが、凡百のワイン本とは一線を画するユニークな内容です。タイトルの通り、フランスの代表的スパークリングワイン、シャンパーニュについて書かれた本ですが、味がどうした、香りがこうしたというような、ありがちなワイン紹介本では全くありません。
著者はランス大学(ランスはシャンパーニュ地方の中心都市で、シャンパーニュの聖地と呼ばれています)で物理学を講じる助教授です。その物理学者が、シャンパーニュの泡だけをターゲットにして、物理学的分析をした本です。シャンパーニュの泡を、徹底的に物理学から解明した本というのは唯一無二であると思います。
本文に付された小見出しをいくつか挙げてみましょう。「なぜシャンパンからは泡が出るのか?」「泡の養成所」「ペアになり、弾んだりくっついたり」「シャンパンの泡立つ音」「シャンパンの泡が花のようにドレスアップするとき」といった具合です。たとえば、シャンパーニュのコルクを中身があふれないように上手に抜いて、そのままボトルを立てておいたら泡が出るでしょうか。答えは’non’ です。ボトルの中で、シャンパーニュは泡をたてません。ですがグラスに注ぐと、たちまちシャンパーニュはきめ細かな泡を盛んに生み出します。これはなぜでしょう。目から鱗が落ちること間違いなしですが、その答えは「なぜシャンパンからは泡が出るのか?」に書かれていますので、ぜひ読んでみてください。それ以外にも、この本は全編を通じて、新鮮な驚きを読者にもたらしてくれるでしょう。

当館では司書がセレクトしたワイン本のリスト「ワインを楽しむ」を作成しています。これからワインを勉強したい人、もっと深くワインを知りたい人、ソムリエを目指す人、それぞれの目的に合わせたリストを用意していますので参考にして下さい。
図書館でワイン本を借りて読んだあとは、その本を買ったつもりになって、ワインバーでグラスを傾けてみるのはいかがでしょうか。(文中敬称略)

【鰈】

日本SFこてん古典 1』(横田順弥/著 早川書房 1980.5)

本書の著者である横田順弥(よこたじゅんや)氏はSF作家であり、日本古典SFの研究家としても有名な人物です。
『日本SFこてん古典』は全3巻で、1973年から『SFマガジン』誌上で連載されていた記事を収録しています。明治から大正、昭和前期にかけて日本で刊行されたSFについて、本文を豊富に引用しつつ、数多く取り上げています。今回ご紹介する第1巻には、第1回から第20回連載まで載っています。また、3巻の巻末に人名・書名の索引や、主要作品年表が付いています。

日本の古典SFとは、いったいどのようなものだったのでしょう。その一端は、「第15回 明治前期のSFブーム」で触れられています。ジュール・ヴェルヌと言えば現在でも人気がある作家ですが、その作品が明治初めに翻訳されると、日本ではヴェルヌのブームが訪れたそうです。その後、日本ではヴェルヌに影響を受けたSFも書かれます。なお、日本の古典SFの歴史の流れについて、時代背景も含めて知りたい方には、『日本SF精神史』もお薦めです。この本ではヴェルヌ・ブームについて「広い世界に対する日本人の関心の強さが現れているといえよう。」(32ページ)と述べられています。

第1巻の目次を見ると、「第1回 理科読本 炭素太功記」、「第12回 『西遊記』と『東遊記』」など一見SFとは離れた印象を与えるものや、「第4回 日本月世界旅行譚」、「第10回 すぺーすおぺら・いん・じゃぱん」などいかにもSFらしいタイトルまであります。
第1回で紹介されている『理科読本 炭素太功記』(1926(大正15)年刊)は、学習参考書でありながら、口絵には如意棒を持った猿が雲に乗ったイラスト、序には登場人物紹介があり、ストーリーは『太閤記』を下敷きにしているようです。横田氏は、「いったい読者はこの本をどう受けとって読んだのだろう?この本の真の目的である理科読本として売れたのだとしたら、大正という時代はなんとほのぼのしたおおらかな、すばらしい時代だったのだろう。」(55ページ)と述べています。
第4回では、月世界旅行の話を取り上げています。横田氏によると日本初の月世界旅行譚である『夢幻現象 政海之破裂』や、科学的性質を有した羽衣で月に行く『月世界探検』などが紹介されています。これらは、ヴェルヌの影響を受けて書かれた話です。本文の引用を読むと、登場人物たちはかなり突飛な設定で月に向かっており、物語の続きが大変気になります。

本書では、他にも様々な古典SFが紹介されていますが、どれも出版当時のものは、入手が困難です。しかし、小説集や、著作集で読めるものもあります。例えば、『理科読本 炭素太功記』と『月世界探検』は、『少年小説大系 第8巻 空想科学小説集』に収録されています。
また、『理科読本 炭素太功記』や『月世界探検』、『夢幻現象 政海之破裂』は、デジタル化されてインターネット公開になっており、ご自宅から「国立国会図書館デジタルコレクション」(http://dl.ndl.go.jp/)で検索すると、当時の資料を見ることができます。
なお、大阪府立中央図書館で利用者登録をしていただければ、館内のパソコンからも「国立国会図書館 図書館向けデジタル化資料送信サービス」を利用してご覧いただけます。

大阪府立図書館ホームページ トップ> 大阪府立中央図書館> 資料を探す> 主なデータベース> 国立国会図書館 図書館向けデジタル化資料送信サービス
https://www.library.pref.osaka.jp/site/central/ndlsoushin.html

【なと】

世界のともだち 02 韓国』(裴昭/写真・文 偕成社 2013.12)

知っているようで知らない、外国の人たちの生活。どんな風な毎日を過ごしているか気になりませんか?
今回紹介するのは、世界36か国の子どもたちの暮らしを紹介するシリーズです。主人公は、それぞれの国に住む、小学校中学年~高学年の子どもたち。子どもたちが通う学校、一緒に暮らす家族、友だちとの遊びのほか、お祭りや誕生日など特別な行事などを取材しています。一人の写真家が現地に赴き、子どもに密着して取材しているので、読み進んでいくにつれて、だんだん親近感がわいてきます。また、子どもたちの言葉以外に、写真家の感想や説明があり、その子やその国についてより理解しやすくなっています。
同じ年代の子どもは、今の自分の生活との違いを見ることができるし、なかなか見られない家庭や学校の様子が分かるので、大人が読んでも楽しめます。
たとえば、韓国の11歳の男の子が主人公の『世界のともだち 02 韓国:ソウルの下町っ子ピョンジュン』では、学校の帰りに、ピョンジュンが友だちと「トッポギ」(おやつとして食べる甘辛いお餅)を食べたり、週末に家族で市場に行ったりする様子から、韓国らしさが感じられます。一方、放課後いろんな習い事をしているところから子どもたちの忙しさが伝わってきて、日本の子どもたちの状況とよく似ていると感じます。
偕成社のホームページには、「取材日記」が掲載されていて、取材の裏側を知ることができます。また、『毎日小学生新聞』の日曜版では、「世界のともだち」が連載されていて、1ページに、1つの国、1つのテーマが取り上げられています。
なお、1986年に同じく偕成社から、「世界の子どもたち」というシリーズが出版されていました。『世界の子どもたち 4 韓国』を見てみると、ソウルオリンピック開催前で、急激に変わろうとしているソウルで暮らす、11歳の男の子チョンホの生活が紹介されています。農作業に牛が使われていたり、お風呂がある家はまだ少なかったりするなど、時代の流れが感じられます。両方のシリーズを比較しながら読むと新たな発見もあるので、お薦めです。

【Gardenia】

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