2. 但馬天民と野呂天然
更新日:2023年10月28日
平成15年度 大阪府立中之島図書館初夏の展示
玄武洞文庫展
平成15年6月15日(日)~6月28日(土)
-幕末・明治期大阪の偉才田結荘千里の足跡-
2. 但馬天民と野呂天然
千里の父但馬天民(1779-1867)は、但馬国郷士岡銀右衛門の第3子、本姓日下部、氏は田結荘、名元長、字広文、大阪に出て儒医を業としました。千里の自筆履歴書によれば、但馬天民と称したのは「称呼ノ便ニシテ、人ノ言易キタメナリ」という理由であったようです。
天民は儒医でしたが、それにとどまらず、蘭法医新宮涼庭が漢訳した蘭医書を和訳したり、木津川を大和川に合流させて、新田を造作すること、また京から大津、敦賀への水路を作成すべし、などの改革案を幕府に献策、又篁斎の筆名で和歌や絵画に親しむなど、多方面で活躍しています。
野呂天然(1764-1834)は、蘭法医、名は真空、無量居士、如々庵とも号しました。江戸の人、後来阪して大阪で開業しました。天民は天然の娘を妻としますので、天然は千里の外祖父ということになります。
文化9年(1812)に『生象約言』を、12年に『生象止観』8冊を刊行していますが、「生象」とは解剖の意味で、独自の医学用語を駆使した解剖学書で、その解剖学の知識は非常に優れていました。
7 天禄方函 1冊 【玄武洞文庫-26】
但馬天民自筆
8 分流利国論 1冊 【玄武洞文庫-29】
但馬天民自筆 ※文政10年(1827)11月成
9 [京都大津間水運開発建白書] 1巻 【玄武洞文庫-34】
但馬天民・千里著 天民筆 ※草稿
10 但馬天民自筆短冊 1枚 【玄武洞文庫-383】
自筆(篁斎署名)
11 無量居士伝 1冊 【玄武洞文庫-24】
刊 ※活版
12 生象約言 1冊 【玄武洞文庫-1】
無量居士著 文化9年(1812)刊
13 生象止観 8巻音義1巻8冊 【玄武洞文庫-2】
無量居士著 文化12年(1815)刊
14 神代発微 1冊 【玄武洞文庫-5】
无量居士著 自筆 ※文化13年奥書