3. 大塩中斎門
更新日:2023年10月28日
平成15年度 大阪府立中之島図書館初夏の展示
玄武洞文庫展
平成15年6月15日(日)~6月28日(土)

-幕末・明治期大阪の偉才田結荘千里の足跡-
3. 大塩中斎門
自筆履歴書では、「七歳学ヲ家庭ニ受ク、九歳篠崎小竹ノ門ニ入ル」とあり、9歳で当時大阪で隆盛を誇った篠崎小竹(1781-1851)に入門しますが、「十一歳典籍史子句読ヲ受クベキ書ナシ」(教授してもらう書は無くなった)と、12歳で大塩中斎(1793-1837)の家塾(洗心洞)に寄宿し、陽明学を学びます。天保3年(1832)18歳で、中斎に許され、家塾を北浜に開くと履歴書にあり、天保4年刊行中斎の名著『洗心洞箚記』の校訂者に加わり、版下を書いた事をみても、大塩塾で頭角を顕していたことが窺えます。
しかし、天保8年2月の「大塩乱」では、当時病を得て自宅で静養中、事件に直接関わっていないにもかかわらず連座して入獄、約200日の拘留の後釈放されました。獄中、病再発、高熱を発し食事も出来ない有様、3度絶命して、また蘇生しという状態でしたが、その治癒にいたる精神療法の過程を『独得録』として著しました。
この時代に修学した陽明学は、絵画、砲術学、など、終生千里の行動の支柱となっています。
15 洗心洞箚記 2巻附1巻3冊 【玄武洞文庫-54】
大塩後素著 刊 家塾蔵版
16 古本大学刮目 5冊 【玄武洞文庫-57】
大塩後素著 刊 ※明治24年千里筆跋あり 一部補写
17 御撰資治通鑑綱目三編 20巻6冊 【甲漢56】
清.張廷玉等奉勅撰 清刊 ※大塩中斎書入れ本 千里筆箱書あり
18 先心洞中斎先生詩集 1綴 【玄武洞文庫-59】
大塩後素著 千里筆 附:千里著『独得録』
19 大塩実録 3冊 【325.6/68/#】
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