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本蔵-知る司書ぞ知る(75号)

更新日:2024年1月5日


本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2021年1月20日版

今月のトピック 【宮本常一】

宮本常一という民俗学者をご存じですか。山口県周防大島出身。日本中を旅し、庶民の話に耳を傾け、膨大な量の民俗誌、生活誌を残した人物です。そんな彼の民俗学者としての出発は、天王寺師範学校を卒業後、教員生活を送っていた大阪からでした。
宮本常一の没後40年に当たる今年(2021年)、彼の民俗学者としての関係本3冊を紹介します。

忘れられた日本人(宮本常一/著 岩波書店 1984.5)

女性も家を出て旅先で奉公することが誇りになったという「女の世間」。対馬の浅藻の成り立ちと発展を見続けてきた「梶田富五郎翁」。宮本に大きな影響を与えた市五郎について語った「私の祖父」などが載っています。中でも盲目の馬喰の女性遍歴を語った「土佐源氏」は、多くの宮本ファンを生み出した傑作です。
いわゆる「歴史的人物」だけが日本文化をつくってきたわけではないことや成人男性中心の歴史叙述への疑問に気づかされます。

宮本常一と土佐源氏の真実(井出幸男/著 梟社 2016.3)

多くの宮本ファンを生み出した「土佐源氏」は発表時から純粋な民俗資料ではなく創作性が付加されたものではないか、という疑惑がありました。著者の井出は、『好いおんな』→雑誌『民話』→『忘れられた日本人』→『日本残酷物語』と変遷を重ねた「土佐源氏」の記述そのものの検討だけでなく、宮本の交友関係、青年期の文学への熱意などを視野にいれ、その疑惑に答えます。最初に発表された地下発禁本『好いおんな』に掲載されたオリジナル版も収録されています。

宮本常一、アフリカとアジアを歩く(宮本常一/著 岩波書店 2001.3)

日本中をあるいた宮本常一ですが、晩年まで外国に行ったことはありませんでした。この本は、68歳にしてはじめて外国の土を踏んだケニア、タンザニアと、台湾の旅の紀行文などを収めています。最後の海外の旅となった江南の旅(1980年9月14日~24日)は、日本観光文化研究所定例の所長講義の最終回「中国の船」としてまとめられています。
長年宮本が培ってきた民俗学の知見とこれらの外国旅行そして古代史への探求が相まって、『日本文化の形成』(全3冊)へ導かれます。

今月の蔵出し

小説は書き直される:創作のバックヤード』(日本近代文学館/編 秀明大学出版会 2018.12)

本書は日本近代文学館の企画展「小説は書き直される―創作のバックヤード」を書籍化したもので、手書き原稿や構成メモをもとに様々な小説の改稿を紹介しています。

たとえば、川端康成の「雪国」といえば冒頭の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた。」(p.164)という一文が有名です。「雪国」は雑誌に発表された七編の短編に手直しをして単行本化された作品ですが、最初の短編「夕景色の鏡」の発表段階では、冒頭部分は全くの別物でした。この短編にもトンネルを抜ける場面があるのですが、「国境のトンネルを抜けると、窓の外の夜の底が白くなつた。」(p.163)という描写で「雪国」という単語は使われていませんでした。ほんの少し言葉が違うだけで印象も変わるので、改稿前後の資料を読み比べて、自分の好きなものを探すのも、作品の楽しみ方の一つです。

井伏鱒二の「山椒魚」も、改稿で有名な一冊です。

身体が大きくなり岩屋から出られなくなった山椒魚は、ある日岩屋に入ってきた蛙を意地悪で閉じ込めます。はじめのうちは互いに罵り合うのですが、二年目には黙り込んでしまいます。しかし蛙の死の直前に二匹は会話を交わし、蛙は「今でもべつにお前のことをおこつてはゐないんだ」(p.154)と言って死んでいきます。

後年井伏は末尾の会話部分を全て削除しました。この大幅な改稿は、愛読者から批判を受け、作品とは一体だれのものなのかという論争を呼びました。

(この論争について詳しく知りたい方には『井伏鱒二『山椒魚』作品論集(近代文学作品論集成7)』がおすすめです)

作家たちの豊富な手書き原稿を見ることができるのも本書の魅力です。筆跡にその人の性格が表れているような気がして、ついついじっくり見ているうちにあっという間に時間が過ぎてしまいます。締切りに追われているような書き込みのある原稿もあり、作品の新たな一面を知ったような気持ちになりました。

【海ほたる】

命のうた:ぼくは路上で生きた十歳の戦争孤児』(竹内早希子/著 石井勉/絵 童心社 2020.7)

アフリカに「子ども一人を育てるには村中みんなの力が必要」ということわざがあります。このことわざは、国際図書館連盟(IFLA)が定める「乳幼児への図書館サービスガイドライン」の冒頭にも記載され、この精神を引き継ぐと明記されています。当館でもこの精神のもと日々業務にあたっています。

しかし、村中みんなの力で守り育てられなければならないはずの子どもが、たった一人で食べるものもなく、路上で寝なければならないような過酷な時代がありました。本書は第二次世界大戦中、神戸で空襲にあい、戦争孤児になった山田清一郎さんからの聞き書きによるノンフィクションです。

10歳で孤児になった山田さん(セイちゃん)は、三ノ宮駅や東京の上野駅など少しでも休めそうなところを探して寝起きすることになりました。お腹を空かせて孤独に耐えコンクリートの上に直に寝転ぶのはどんなに冷たくつらかったことでしょうか。大人からは「野良犬」と呼ばれ、助けてくれる人はいませんでした。空腹から腐った物を食べた仲間の中には死んでいく子もいました。死がいつも側にありました。壮絶な少年時代を過ごした山田さんは、働きながら夜間高校に通い、苦難の末、教職につかれます。つらい子ども時代のことは、長らく人に話せなかったといいます。本当に悲しいつらい体験は時間が経っても忘れられないのだそうです。

戦争孤児の正確な数はわからないようですが、おそらく20万人ぐらいではないかといわれています。(戦争孤児の調査については『かくされてきた戦争孤児』金田茉莉/著  講談社  2020.3  に詳しい)。セイちゃんのような子どもが20万人もいたのです。本書は、平和、命、子育てのことなど考えさせられる一冊です。二度と子どもたちにセイちゃんのような思いをさせてはいけないと思うとともに、現代でも空腹や孤独を抱えている子どもたちをみんなの力で守り育てていかなければと思います。

【ウメ子】


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