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本蔵 -知る司書ぞ知る(29号)

更新日:2024年1月5日


本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2017年3月20日版

孫子(ワイド版岩波文庫)』(金谷治/訳注 岩波書店 1991.6)

「彼れ(敵)を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず」。格言にもなっている有名な一文です。次の文章が続きます。「彼れを知らずして己を知れば、一勝一敗す。彼れを知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し」。武田信玄の軍旗に記されて有名な「風林火山」は、「其の疾(はや)きことは風の如く、その徐(しずか)なることは林の如く、侵掠することは火の如く、知り難きことは陰の如く、動かざることは山の如く、動くことは雷の震うが如く」から部分引用されたものです。いずれも「孫子」にある文章です。(「」内の( )書きは筆者)

「孫子」は、紀元前500年頃の孫武の作とされ、中国の最も古く、かつ、最も優れた兵法書であると言われています。その内容の特徴は、第一に「百戦百勝は善の善なるものに非ず、戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」に代表されるように、非好戦的で戦わずして勝つことが最善であるとしています。第二に現実主義だということです。現実に対する緻密な観察に基づき、様々な戦場の様相を区別してそれに応じた対応策を説いています。第三に主導権を発揮することの重要性を強調しています。「善く戦う者は、人を致して人に致されず」。戦いが巧い人は自分が主導権を握って、相手を思いのままにして相手の思いどおりにされることがないと説きます。

ナポレオンは「孫子」を愛読し、自らの戦略に用いていたという伝説が残っています。第一次世界大戦に敗れたドイツの皇帝ヴィルヘルム2世は、「孫子」を20年早く読んでいればと後悔したと言われています。このように古今東西の中でも最も優れた兵法書の一つであるのは間違いがありませんが、そればかりではなく人生全般の問題に適用できる哲学であるとも言えます。「孫子」は、戦争を非常に深刻で重大なことと捉え、人の生命をかける最も過酷な状況下において、いかに考えいかに行動するべきかを示しています。それゆえ、その内容は人生全般の様々な問題に十分適用できるのも当然と言えるでしょう。

本書は、この13篇からなる「孫子」を項目ごとに、白文、書き下し文、注釈、現代語訳の順に並べています。まずは現代語訳を読んである程度意味を理解したうえで、書き下し文を読み、現代語訳とは違う簡潔さでストンと心に落ちる感覚を感じていただけたらと思います。また巻末には、重要語句索引があり、書き下し文のキーフレーズをもとに注釈や現代語訳を調べることができます。

「孫子」に関する本は、様々な観点からの解説本が数多く出版されていますが、まずは原書にあたって、自分なりにどう解釈するかが大切ではないかと思います。本書の訳注者は、中国哲学、中国古代思想史を専門とする東洋学者であり、注釈や訳の正しさなどで信頼できる本だと思います。本書はページ数も少なく短時間で読めます。兵法書としてではなく、これからの長い人生の指南書として、特に若い人に繰り返し読んでいただきたい1冊です。
(他に『孫子 新訂版(岩波文庫)』、『孫子 新訂版(ワイド版岩波新書)』(中之島図書館所蔵)などもあります。)(文中敬称略)

【慈】

野尻抱影:星は周る』(野尻抱影/著 平凡社 2015.12)

「野尻抱影」(のじりほうえい)という人物をご存じでしょうか。1885(明治18)年に生まれ、星座と星の神話に関する多くの著作があり、1930年に発見された新惑星(現在は準惑星)の和名に「冥王星」とつけたことで、天文ファンの間で知られています(参考『野尻抱影:聞書“星の文人”伝』)。
今回紹介する本は、野尻氏の複数の著作から57篇を採録したエッセイ集です。落ち着いた色彩の装丁で、コンパクトなサイズの本書は、移動中の読書にお薦めです。著者の星への愛と幅広い教養が感じられる文章を通して、星にまつわる様々なエピソードを楽しめます。

野尻抱影はオリオン座をことのほか好いており、数篇で扱っています。第二部の「霊魂の門」は、死ぬ前に死後に住む星を指さすというポリネシアの風習を元に、「私が死んだら行く星は、……やはりオリオンときめておこうか?」(66ページ)と結びます。本書のタイトルにも使われている、第三部の「星は周る」では、少年時代の出会いから続くオリオン座との思い出が語られています。
第二部の「初対面」は、星がつないだ志賀直哉との出会いの場面です。この後に、志賀直哉は野尻抱影から聞いた話を元に短編「いたづら」(『日本文学全集 2‐9 志賀直哉集』等に所収)を執筆したのだと思うと、二人の初対面のシーンは必見です。
野尻抱影は星座の和名を蒐集し発表したことでも有名で、第二部の「いかりぼし」は、カシオペア座の和名(錨星)を入手した際のことを紹介しています。他篇にも、酒桝(さかます)星、羽子板星といった和名が登場しますが、それらがどの星々を指すのかは、ぜひ本書を読んで確かめてください。

野尻抱影著の『日本の星』、『星の神話・伝説集成』等を読むと、星の和名をもっと知ることができます。なお、これらの原書は国立国会図書館でデジタル化されており、当館で利用者登録をしていただければ、館内のパソコンから「国立国会図書館図書館向けデジタル化資料送信サービス」を利用してご覧いただくこともできます。

大阪府立図書館ホームページ トップ> 大阪府立中央図書館> 資料を探す> 主なデータベース> 国立国会図書館 図書館向けデジタル化資料送信サービス
https://www.library.pref.osaka.jp/site/central/ndlsoushin.html

 【なと】

人間臨終図巻上巻下巻』(山田風太郎/著 徳間書店 1986.9/1987.3)

誰しも死についてあれこれと考える時期というのがあるかと思います。個人的なことで恐縮ですが、本書が出版された今から30年前、当時10代最後の年だった私は悩み事が多く、初めてそんな時を過ごしていました。生きているのがしんどいと感じる時、出会うのにうってつけの書物がこの『人間臨終図巻』だと思います。

本書では、古今東西の著名人の享年別に章立てし、その人の死に様を羅列しています。上巻には15歳から64歳で死んだ人々473人、下巻には65歳から121歳で死んだ人々450人、計923人を取り上げています。「図巻」と書名にはありますが、画や写真等は一切なく、2段組みレイアウトに文字だけで淡々と人間の死に方を綴り、それによりその人物の生き様を描き出しています。文章は10行に満たない短いものから数ページにわたるものまであり、著者の興味の在り様を示しているようです。各章の初めにエピグラフが置かれ、多くは著者自身の言葉ですが、中にはその章で書かれている人の言葉の引用もあり、それらが内容と呼応しています。例えば、「二十代で死んだ人々」(10代、20代、100代は一括り)の冒頭には「死をはじめて想う。それを青春という。――山田風太郎」や、「四十八歳で死んだ人々」では「生が終わって死がはじまるのではない。生が終われば死もまた終わってしまうのである。――寺山修司」というように。

著者の山田風太郎は伝奇小説、推理小説、『伊賀忍法帖』に始まる忍法帖シリーズや、戦中・敗戦直後の人々の暮らしを記録した『戦中派不戦日記』、明治もの、室町ものと呼ばれる時代小説など幅広いジャンルで多数の作品を手がけた、戦後日本を代表する大衆小説作家です。本書は異色のノンフィクションとして出版されるや話題になったため、すでに読まれている方も多いと思います。本書の出版後、古今東西の著名人たちが生前の振る舞いから振り分けられた地獄で罰を受けるという内容の小説『神曲崩壊』も発表しています。ちなみに著者自身は2001年に79歳で亡くなっていますが、本書の「七十九歳で死んだ人々」には、法然、藤原定家、本阿弥光悦、ガンジー、谷崎潤一郎、山田耕筰、今東光、横溝正史など20人が挙げられています。

19歳の私が本書で記される、「荘厳、悲壮、凄惨、哀切、無意味、有意味、あらゆるタイプ」(下巻の帯情報による)の死に方を読んで感じたことは、自分がまだ何者にもなっていないという実感と、これから何でも始めることができるといった気持ちの高まりでした。なんせ、「十代で死んだ人々」はわずか7ページ分しかありません。残る853ページ分の、自分より年上の人たちの「臨終」の時をひたすら読み続けるうち、いい人生を生き切ったと思えるような死を迎えたい、と思い至っていたのです。「どう死ぬかは、どう生きるかだ」とはよく耳にする言葉ですが、本書によってそれがすとんと胸に落ちたような気がしたものです。若い人には本書のおもしろさはわからないという人がおられるようですが、悩み多き若い人にこそおすすめしたい1冊です。疲れたなと感じた1日の終わりにパラパラと気の向くまま拾い読みするのでもいいと思います。

2016年には関川夏央が書いた本書の「続編」にあたる『人間晩年図巻 1990-94年1995-99年』が出版されています。この後もずっと、誰かが継承していくことを期待します。

 【霧】


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