本蔵 -知る司書ぞ知る(26号)
更新日:2016年12月20日
2016年12月20日版
『今、読書が日本人を救う:鈴木健二の「読書のすすめ」』(鈴木健二/著 グラフ社 2004.10)
世の中には、数多くの読書のおすすめ本があります。この本は、『気くばりのすすめ』が大ベストセラーになった元NHKアナウンサーの鈴木健二が書いた「読書のすすめ」です。30代以上の人であれば一度はテレビで見たことがある人物だと思います。NHK時代には、「クイズ面白ゼミナール」(1981年~1988年)や「紅白歌合戦」(1983年~1985年)などの高視聴率番組の司会で活躍していました。著作も多く、1960年代以降ほぼ半世紀、200冊余にのぼる本を執筆し、今年(2016年)も自身初の小説『青春の彩り:あゝ懐旧の花散りて』を発表しています。87歳の今も意気軒高です。尊敬していたピカソが日記のかわりに絵を描いていたと知り、アナウンサーでありながら、自分は日記のかわりに原稿を書くと決め、著作に励んできたそうです。
この本では、テレビとの比較においていかに読書が大切かを説いています。36年間のアナウンサーとしての「体験からしても、テレビは知的内容を視聴者の心に深く流し込むのには、非常に弱い機能です。受け手の感覚のところで止まってしまうのです」。「そこへいくと、本に書かれた文章は、受け止め方で感覚を通り越して知的部分に入り込み、そこでその人なりの解釈が行われ、ものの見方や意志や行動や人生観世界観にまで広がっていく可能性を持っています」。そして、「考える力を養う要素の最たるものは読書なのです。一人で努力して本を読むことなのです」と説きます。
また読書の効用について、頭に良い点よりももっと大事な点があると説きます。それは著者の信念にある「読書は良い人間になるための作業」だということです。「読書は単に頭を良くするだけではなく、良い人を作る全人格的な効用を持っているのです」。「本を読んでいる子供やおとなの姿を見て、あの子はあの人は悪い人間に違いないと感じたことがありますか。絶対と言ってよいほどないと思います。では、テレビをずーっと見続けている子供やおとなを目にしたらどうでしょうか。そんなにいつまでも見ていないで、他のことをしたらどうなのと言いたくなって来るはずです」と。
さらに、無人駅に作られた図書館で本が必ず返却されるようになった話をたとえに「読書とはそういう良心と教養とを育ててくれるのです。本は心のために神が作りました」とまで言っています。
著者は、1988年にNHKを定年退職したあと、熊本県立劇場の館長に就任し、1998年まで伝承芸能の復元などに務め、その後2004年まで青森県立図書館の館長を務めます。アナウンサーと図書館長、そして物書きと多くの仕事をこなしてきた著者だから書ける「読書のすすめ」です。
この本を読めば、もっと本を読みたくなる気持ちになります。そして、蔵書数日本一の公立図書館であるこの大阪府立中央図書館をもっと利用して、読書を楽しんでください。お待ちしています。(文中敬称略)
【慈】
『文体練習』(レーモン・クノー/著 朝日出版社 1996.10)
文章は書く人によってその人独特の味が出るものであり、特に文学作品は、その執筆者独自の文体で豊かな内容や情景を表現するものです。本日ご紹介する資料は、その逆の方向性を持つ資料と言えるかもしれません。
『文体練習』というタイトルとシンプルな装丁からは、より良い文章表現ができるようになるための方法が詰まった本を想像しますが、そういった内容ではありません。内容は、10行足らずで表現できる些細な出来事を、様々な文体を用いて99通りの方法で表現するというものです。「文体」がテーマの本なら、図書館では言語学の棚に並びますが、本書は実験的文学作品と言えるのではないかと思います。
「1.メモ」でその些細な出来事が提示されます。その内容は、「お昼時に混雑した市バスの中で若い男が隣の客ともめ、その少し後に偶然その若い男を別の場所で見かけた」というものです。この内容が、書簡体や隠喩で表現されたり、また、若い男がかぶっている帽子を主人公にして物語られたりします。中には「97.間投詞」のように「うう!」「ほう!」という言葉が並ぶだけで、内容を知っていないと理解できないものや、「84.イギリス人のために」のように音読しなければ何が書いてあるかもわからないものもあります。
著者のレーモン・クノーはこの作品のアイデアを、友人と出かけたコンサートで思いついたそうです。バッハの『フーガの技法』が演奏され、「あれと同じことを文学でやったらおもしろいだろう」と考え、作品にしました。フーガというのは、ひとつの主題が各声部で模倣しながらくり返され展開する楽曲のことです。『文体練習』はひとつの出来事がいろいろなヴァリエーションで表現されており、「1.メモ」すらも文体表現のひとつであると見受けられます。また、99通りある表現のどこから読んでも良いという姿勢が感じられます。
レーモン・クノー(1903-1976)は、20世紀フランスを代表する詩人・小説家です。映画『地下鉄のザジ』(1960年、ルイ・マル監督作品)の原作者でもあります。『文体練習』の舞台版が1949年にヒットし注目を集め、それまで知名度のなかったクノーが成功するきっかけになりました。また、1960年には友人の文学者・数学者とともに、言語遊戯研究を行う実験的グループ「潜在文学工房」を立ち上げています。そこでは、文学・言語の構造や制約についての研究開発が行われていました。
『文体練習』でも「53.ソネット」など定型詩をもとにした表現や、「69.リポグラム」(特定の文字を一度も使わずに書く作品)などの他、実験的要素の強い表現が多くあり、翻訳が困難だったのではないかと思われます。「63.古典的」は、翻訳者あとがきによると、原題が「ギリシア語法」でギリシア語起源の単語を使った文章だったようです。ギリシア語系の言葉は学術系の言葉が多く、また著者の造語もあって、そのまま翻訳すると意味の捉えにくい文章になってしまうため、枕草子をベースとした古典的翻訳にしたそうです。翻訳者あとがきの中ではこのような各章の翻訳時の工夫が記されています。このあとがきを参照しながら読むと、原文がどういう文体で、どういうからくりの翻訳かがわかり、翻訳者が苦労の末、日本語として読みやすいように翻訳していることがうかがえて、より楽しめます。つまりこの作品のおもしろさは、翻訳者の腕によるところが大きいと言えます。
1996年に本書が出版されて以来、新訳はしばらく出ていなかったのですが、2012年に水声社から『レーモン・クノー・コレクション:第7巻』(松島征ほか訳)として出版されました。読み比べればさらに『文体練習』を堪能できるのではないかと思います。
【しげを】
『大阪古地図むかし案内 [正] 読み解き大坂大絵図・続 明治~昭和初期編・続々 戦中~昭和中期編』(本渡章/著 創元社 2010.2/2011.6/2013.4)
みなさんは、「地図」と聞くとどのようなものを思い浮かべるでしょうか。ご家庭で使用する身近なものでは住宅地図や道路地図があります。その他にも、地形図、地番図、海図、都市計画図など、用途に合わせて様々な地図が製作されており、図書館では調査研究のために各種各年代の地図を提供しています。
私はこうした地図を眺めることが好きです。「昔と変わってしまった場所は?」「普段歩く道をずっと進むとどこへ繋がる?」「周りに何がある?」などと考えながら眺めると、意外で面白い発見があるものです。
書名にもある「古地図」とは、江戸時代以前までのものを総称する意味で用いられていますが、一方で、著者は、明治から戦前頃に関する地図を「近代古地図」とも表現しています。古地図の絵画的表現を手法として色濃く残して描かれているということが理由のようです。
当シリーズの『続』がその近代古地図の時代です。大大阪(だいおおさか)と呼ばれた頃の前後で発展が著しく、とても魅力的であるといえます。『続』の122ページに掲載されている1922年発行の『大阪遊覧案内地図』(1915年刊、1920年刊を中之島図書館所蔵)*は、当時の発展著しい電鉄・鉄道の各路線や駅がしっかりと描かれるとともに、いくつもの遊覧ポイントがモデルコースとともに記されています。あわせて読むと、当時重要視されていた大阪の文化の一端がわかるのではないかと思います。
ところで、本書の中でも触れられているのですが、このモデルコースは四ツ橋を起点としています。現在、「大阪観光の中心となる場所はどこか?」と聞かれたら、御堂筋を中心に難波や梅田を挙げる人が大半で、四ツ橋を挙げる人は多くないはずです。しかし、当時四ツ橋と言われた場所は、西横堀川・長堀川という交差する2つの川に上繋橋・下繋橋・炭屋橋・吉野屋橋という4つの橋が口の字型に交差してかかる面白い場所であり、同時に納涼・観月でも愛された名所でした。遊覧コースの起点となっているのはこれが理由なのでしょう。
今では川も橋も無くなってしまっており、道路になっています。昔とは大きく変わってしまった場所になっていることを、本書を通して、また現在の地図と比較してみて、あらためて知ることができました。こうして現在の地図と比較することで、楽しく大阪の郷土史を学ぶことができそうです。今後、休みの日には古今両方の地図を持って積極的にフィールドワークに出かけてみたいと考えています。
本書の中で掲載されている地図は、白黒で小さいため少し見辛いのですが、楽しく読み解くきっかけを与えてくれます。もし、実際の古地図や近代古地図そのものはハードルが高いと思ったら、当シリーズのような本から始めてみてはいかがでしょうか。
なお、巻末付録としては、『正』では『貞享四年新撰増補大坂大絵図』、『続』では『グレート大阪市全図』、『続々』では『大阪市地図 THE MAP OF OSAKA』『大阪商工地図』という地図の複製が綴じられており、これらは全てカラー刷りです。ぜひ一度ご覧ください。
*の資料は中之島図書館での館内利用のみです
【善哉】