大阪府立図書館

English 中文 한국어 やさしいにほんご
メニューボタン
背景色:
文字サイズ:

本蔵 -知る司書ぞ知る(25号)

更新日:2024年1月5日


本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2016年11月20日版

人はなぜ集団になると怠けるのか:「社会的手抜き」の心理学(中公新書)』(釘原直樹/著 中央公論新社 2013.10)

みなさんは、運動会の綱引きで手抜きをしたことはありませんか。筆者は、綱引きでよく手抜きをした記憶があります。これだけ大勢で引っ張っているから、一人ぐらい手を抜いても勝敗に関係ないだろうと。綱引きといっしょにしたら不謹慎かもしれませんが、選挙についても自分が投票しても大勢に影響しないだろうと考えて、投票所に行かない人がいます。

本書は、こうした「社会的手抜き」(単独で作業を行う場合に比べて集団で作業を行うほうが一人当たりの努力量が低下する現象)と関連がある様々な社会現象を取り上げています。仕事中のインターネットの私的利用、カンニング、生活保護の問題、投票率、真珠湾攻撃をめぐっての米軍の意思決定、プロ野球などのホーム・アドバンテージ、相撲の八百長などです。このほかにも「社会的手抜き」に関して、欧米と東洋などの文化による差、男女やパーソナリティによる違いについても明らかにしており、たいへん興味深く読めます。最終章では、「社会的手抜き」の防止策を具体的に解説しています。

例えば本書の「仕事中のインターネット私的利用」について紹介すると、「米国では業務中に90%の従業員がウェブ・サーフィンをしていて、84%が私的にメールの送受信を行っているという調査結果がある。業務中に行われるウェブサイトに対するアクセスは90%が業務と無関連のものであり、平均して1.7時間をインターネット・サーフィンで費やしているという報告もある。さらに1年間に540億ドル(50兆円程度)の損失と40%の生産性の低下をもたらしているとの主張もある」とその悪影響を指摘しています。一方でこのような手抜きは必ずしも悪い面ばかりではなく、「公私問わずインターネットが自由に使える環境では仕事に対する柔軟性と創造性が高まり、企業にとって役に立つ技術や知識の獲得も容易になり、企業を活性化させる側面があると考えられる」としています。
著者は、このように「社会的手抜き」のネガティブな面だけを取り上げるのではなく、その意義も認め、「社会的手抜き」をする人の「存在によって集団が維持されている可能性もある」と指摘しています。

本書を読んで集団行動に興味を持たれた方は、あとがきで著者も紹介していますが、集団行動全般について解説している同著者の『グループ・ダイナミックス:集団と群集の心理学』をお読みになることをおすすめします。「グループ・ダイナミックス」とは、集団における人々の思考や行動等を研究する心理学の一分野で、この分野の書籍としては、ほかに『人間理解のグループ・ダイナミックス』(中之島図書館所蔵)もたいへんおもしろく読めておすすめです。本書には興味深い数多くの「人間行動の法則」が示されています。また、群集心理学の祖とも言われるギュスターヴ・ル・ボンが著した「断言・反復・感染」で有名な『群衆心理』があります。この本も、この分野の古典的理論として一読の価値ありです。(文中敬称略)

 【慈】

息子への手紙』(中田武仁/著 朝日新聞社 1995.4)

「日本に帰りたいんだなあと・・ その時思いましたね。」
この夏何気なくテレビをつけると、画面の向こうから声をつまらせて涙ながらに語る壮年(高田晴行さんの上司)が目に入ってきました。1993年のカンボジアを舞台にしたNHKドキュメンタリー番組の一場面です。ポル・ポト派による大虐殺という辛い歴史をもつカンボジア。そのカンボジアが民主化に向けて動き出していたその最中に、国連ボランテイア中田厚仁さん、文民警察官の高田晴行さんが銃弾を受け帰らぬ人となりました。

当時、私は大学生で、「識字率の低いカンボジアにラジオが必要」との国連の呼びかけをうけ、友人と共に何百軒もの家々を回っていました。雨の日も風の日も回りましたが、公正な総選挙のために、115台のラジオを送った喜びは今でも脳裏に焼き付いています。このボランテイア経験がもとになり、同世代の中田厚仁さんの生き方を知りたいと思っていたところ、本書に出合うことができました。

中田厚仁さんの父・武仁さんは当館がある東大阪市出身の方で、本書では子育てへの思いも随所に書かれています。
本書の中で、私は特に「訃報」の章に思わず涙が出てしまいました。突然、私の家族や身近な人が亡くなったら・・ そう考えただけでも御家族の方々の気持ちに胸が張り裂けそうになりました。
「カンボジアで」の章では、次の場面があります。
「追悼式のあとで、いろいろな国の人たちが会場に残って、私たちに声をかけ励ましてくれた。私の手に押し込むように、白い封筒をにぎらせたカンボジアの女性がいた。厚仁と同じくらいの歳だろうか。はっとして、お名前はと尋ねたが、彼女はいいえと言うように小さく胸元で手を振り、身をひるがえして去った。封筒のなかには少額の紙幣で合計百ドルのお金がはいっていた。年収二百ドルといわれるカンボジアの人たちにすれば、とほうもないお金だろう。何人かが持ち寄って厚仁への気持ちを託したのだろうか。私は言葉もなかった。」
このやりとりから、厚仁さんがどれだけカンボジアのために尽くしたかを垣間見る思いでした。

「カンボジアの火薬庫」と言われるコンポントム州にあえて任地を希望した厚仁さん。初めは見知らぬ日本人に心を許さない人々。そんな大変な状況に追い打ちをかけるかのように、厚仁さんは足を切断するほどの怪我をされました。それでも足を引きずりながら集落をまわり、選挙の大切さを誠実に伝えていきました。その厚仁さんの後ろ姿に、どれだけの人々が心を動かされたでしょうか。そして迎えた総選挙当日、国内全体で投票率85%、コンポントム州においては99%という日本では考えられないほどの投票率を生み出したのです。

忍耐と希望:カンボジアの五六〇日』では、その日のことをつぎのように記しています。「『あなたはどうして、この選挙で投票したのですか』と聞くと、『カンボジアの明日のためです』という答えがさりげなく返ってきた。投票はとてもスムーズに進行していて、驚き以外の何ものでもなかった。」
また『凛として:日本人の生き方』では、投票箱に感謝の手紙もたくさん入っていたことが紹介されています。以下は、その一つです。
「アツ(厚仁さんの愛称)、あなたはどんなときでも分け隔てることなく、僕たちに接してくれましたね。とてもうれしかったです。本当にありがとう。」
そして20年以上経った今でも、厚仁さんの名前を冠した村や学校があり、大恩ある日本人としてカンボジアの人々の中に生き続けています。

父・武仁さんは、厚仁さん亡き後、商社を退職しボランテイア活動を世界各地で行っていきました。別れの空港でささやいた「ベストを尽くせ。お父さんもベストを尽くすよ。」が最後の言葉となり、奇しくも厚仁さんの心を受け継ぐことが武仁さんの人生そのものとなりました。また「愛の反対は憎しみではありません。無関心です。」という示唆に富む言葉も講演で言われています。
武仁さんは、本年(2016年)5月に多くの方々に惜しまれながら厚仁さんのもとへと逝かれました。人々のために行動し続けた父子一体の生き方に深く感動すると共に、感動だけで終わらせてはならないとも感じました。武仁さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

世界に目を向けると未だに紛争やテロ等が起こり、日々の新聞に触れるたびに心が痛みます。歴史的経緯を背景に問題が複雑化するなか、どのようにしたら解決の糸口が見いだせるのでしょうか。どうしたら世界の人々が安心して暮らせるのでしょうか。闇の深さに無力感にとらわれる時さえあります。しかしそれを変えるのは、厚仁さんが自らの命と引きかえに示した「世界市民」としての生き方に希望の光があるように思えてなりません。そして民族や文化の差異を認め合い同じ人間として尊重していく生き方、また民間レベルでの交流の大切さを、自身も含めて今一度考えてみたいと思います。
最後に厚仁さんの言葉を記し、本書紹介を終わらせていただきます。
「だけれども、僕はやる。この世の中に誰かがやらなければならない事がある時、僕はその誰かになりたい。」

【百悠】

幕が上がる』(平田オリザ/著 講談社 2012.11)

『幕が上がる』は、高校演劇部が全国大会を目指すお話です。
主人公は高校3年生、演劇部部長さおり。2年生のとき地区大会で負けるところから、物語は始まります。
新学期に入り、学校に新任の美術教師 吉岡先生がやってきます。吉岡先生は「学生演劇の女王」と呼ばれた人で、部員たちはさっそく副顧問になってもらうようお願いに行きます。吉岡先生は新入生オリエンテーションで拍手喝采だった演劇部の劇を見ていて、演劇部に興味を持ち、具体的なアドバイスを次々してくれます。
吉岡先生から「やるからには上を目指そう!」と言われ、演劇部は全国大会を見据えて作戦を練ります。全国大会に勝ち進む学校の劇を分析して、どうしたら勝てるか、冷静に作戦を立てるところが、読んでいてなるほどと思いました。
地区大会の時にすごく上手だなと思った女生徒中西さんも転校してきます。全国大会に行くためにはぜひとも彼女にも演劇部に入ってもらおうとさおりは勧誘します。吉岡先生、中西さんの力も得て、演劇部は着々と力を付けていき、大会に臨みます。

好きな演劇に一生懸命取り組む高校生たちがとても活き活き描かれています。私の友人が演劇部に所属していて、楽しそうに活動していたのを思い出しました。学生時代、朝練や休日練習は絶対やりたくないと思っていた私には考えられない世界でしたが、こんな素敵な雰囲気の部活だったら、私も参加したかったと思える本です。
2015年にはももいろクローバーZ主演で映画化もされ、好評でした。

【くるくる】


PAGE TOP