本蔵 -知る司書ぞ知る(21号)
更新日:2016年7月20日
2016年7月20日版
『世界史の誕生 モンゴルの発展と伝統』(岡田英弘/著 筑摩書房 1999.8)
中学や高校で学習をしてこなかった歴史、世界史がここにあります。アウストラロピテクスなどの人類の誕生に始まり、世界四大文明の誕生、ギリシャ、ローマから始まる西洋の歴史、秦の始皇帝から始まる中国の歴史というのが、筆者が学んできた世界史です。時間の経過とともに、西洋の歴史と中国の歴史が何の脈絡もなく入れ替わって、学習が進むというものでした。
本書は、副題に「モンゴルの発展と伝統」とつけられていますが、モンゴルの歴史に焦点をあてて書かれているものではなく、世界史の辺境とでもいうべき中央アジア、いわゆるユーラシア大陸の中央部の歴史を中心に、中国と西洋を結び付けた世界史が書かれています。
著者は、歴史は文化であり、この文化は、どの文明にもあったものではなく、歴史のある文明よりも、歴史のない文明の方がはるかに数が多く、「自前の歴史文化を持っている文明は、地中海文明と、中国文明の二つだけである」と言います。「それ以外の文明に歴史がある場合は、歴史のある文明から分かれて独立した文明の場合か」、「歴史のない文明が、歴史のある文明から歴史文化を借用しただけである」と断言しています。
地中海文明の歴史は、紀元前5世紀のギリシア人、ヘロドトスの著書「歴史」に始まります。一方、中国文明の歴史は、紀元前1世紀前後に司馬遷が著した「史記」に始まります。これら二つは、それぞれ別個に独立して始まり、それぞれの歴史が一つの世界観をもったものであり、地球規模の世界史は、13世紀に中央アジアに出現し、ユーラシア大陸の大部分を征服したモンゴル帝国により初めて成立したというのが著者の歴史観です。
ヘロドトスが書いた「歴史」では、「ペルシアというアジアの大国に、統一国家ですらない弱小のギリシア人が勝利する」ため、「アジアに対するヨーロッパの勝利が歴史の宿命である、という歴史観が確立」してしまい、「アジアを悪玉、ヨーロッパを善玉とする対決の歴史観が、現代の西ヨーロッパ文明にまで影響を及ぼしている」と分析しています。
これに対して、司馬遷の「史記」では、「皇帝が『天下』を統治する権限は、『天命』によって与えられた」ものであり、「この天命が伝わる順序が『正統』と呼ばれ」、「天命の正統に変化があっては、皇帝の権力は維持できないから」、変化を認めない「正統の歴史観」が中国文明の歴史観であるとしています。
この「変化を主題とする対決の歴史観」と「変化を認めない正統の歴史観」が、「今日のわれわれの歴史観、ひいては世界観にまで大きな影響を与えている」と結論づけています。
また、13世紀に成立したモンゴル帝国は、東の中国世界と西の地中海世界を結ぶ草原の道を支配し、ユーラシア大陸に住む人々を一つに結び付けるとともに、大陸の大部分の統一により、それまであった国々を滅ぼし、あらためて帝国から新しい国々が分かれ、現代のアジアと東ヨーロッパの諸国が生まれてきたと説明しています。13世紀から後の歴史は、地中海世界の歴史と中国世界の歴史をそれぞれ別個に書くことはできず、一つの世界史として書かざるを得ない。要するに「世界史は、モンゴル帝国から始まった」というのです。著者の説、とりわけロシアやトルコ、東欧諸国がモンゴル帝国の後継国家であるとする説などに対し批判も多いところですが、文献の少ない中央アジアの歴史を十分に調べた上で語られる新しい歴史観、世界観は、説得力のある、わかりやすいものです。
著者は、東洋史学者、東京外国語大学名誉教授で、歴史に関する数多くの著作があります。2013年6月からは、順次、全8巻の「岡田英弘著作集」が刊行されています。歴史好きなあなたは、まず岡田史学の入門書として、この「世界史の誕生」を読み、次に全集に読み進めていただければ、きっと独特の岡田史学を満喫できるのではないかと思います。
最後に岡田史学の真骨頂を彷彿とさせる本書の一文を紹介しておきます。
「ざっとこんなところが、1206年のチンギス・ハーンの即位式の当時の、ユーラシア大陸の情勢だが、ついでに、そのころはまだ世界の片田舎だった、西ヨーロッパの様子も見ておこう。」(文中敬称略)
(参考)
『岡田英弘著作集』(全8巻 藤原書店)
第1巻 歴史とは何か
第2巻 世界史とは何か
第3巻 日本とは何か
第4巻 シナ(チャイナ)とは何か
第5巻 現代中国の見方
第6巻 東アジア史の実像
第7巻 歴史家のまなざし
第8巻 世界的ユーラシア研究の六〇年
【慈】
『ビアトリクス・ポター:描き、語り、田園をいつくしんだ人』(ジュディ・テイラー/著 福音館書店 2001.1)
この本のタイトル、「ビアトリクス・ポター」が一体何をした人物なのか、すぐに分かった方がどのくらいいらっしゃるでしょうか。実は彼女、あの「ピーターラビット」シリーズの作者なのです。今年はビアトリクス・ポターが生まれて150年目にあたります。それに合わせて日本でも特別展が開催されるなど、ピーターラビットは今なお多くの人々に愛されています。彼女が残した作品に比べると、彼女自身についてはあまり知られているとは言えませんが、その人生は驚きに満ちたものでした。
今から150年前の1866年7月30日、ヘレン・ビアトリクス・ポターは、イギリスのロンドンに生まれました。両親の芸術的才能を受け継いでいた彼女は、ごく幼いころから、家で飼っているペットや避暑地で出会った動植物など、さまざまなものを絵に描いていました。そして36才のとき、親友の子どもに宛てた絵手紙をもとに作った『ピーターラビットのおはなし』を出版します。絵本作家としてのスタートを切ったビアトリクスは次々と新作を発表していきますが、最愛の夫との死別をきっかけに湖水地方に土地と建物を購入すると、徐々にその情熱は農業や自然保護活動へと移っていきます。
絵本作家以外にも、画家や農家、自然保護活動家等さまざまな顔を持っていたビアトリクス。1800年代末から1900年代初めという、女性が社会で自立し、リーダー的活動をすることなど考えられなかった時代に、彼女は多方面にわたってそれをやりとげたのです。
この本では、ビアトリクスの日記や周囲の人々と交わした手紙のやりとりを中心に、その生涯が綴られています。「ピーターラビット」に関する絵や手紙、写真も数多く掲載されているので、ぱらぱらとめくるだけでも楽しむことができます。「ピーターラビット」がお好きな方にはぜひ読んでいただきたい1冊です。
作者について深く知ると、あらためてその作品を読み返したくなりますよね。当館ではもちろん『ピーターラビットの絵本』(全24巻)も所蔵しています。ビアトリクス・ポターの描く世界を、存分にお楽しみください。
なお、今回ご紹介した本は原書改訂版の日本語版ですが、当館では原書初版の『Beatrix Potter』も所蔵しています。ご興味のある方は、ぜひこちらもご覧になってみてください。
【がーな】
『丸天井の下の「ワーオ!」』(今井恭子/作 小倉マユコ/画 くもん出版 2015.7)
「ディスレクシア」という言葉を知っていますか?読字障がい、難読症などと表現され、文字を読んだり書いたりするのが困難である状態をいいます。文字が左右逆転した鏡文字で見えたり、歪んだりにじんだりして見えるそうです。脳で認知して処理する能力に不具合があるだけで、決して理解できていないわけではないのです。
この作品の主人公、小学6年生のマホも「ディスレクシア」と診断されて授業での読み書きには苦労しています。けれども発想力・想像力は素晴らしく、工作の宿題が学年代表として市立の博物館に展示されるほどです。マホは工作作品の展示場である、丸天井のある博物館で出会った中学生の正樹に触発されて、自分の作品にまつわる物語を語ります。よどみなく語るマホからは困難な状況など感じられません。本人から告白されるまで正樹は気がつかなかったくらいです。書くのが苦手なことから小説家になりたいという夢をあきらめかけていたマホですが、正樹から「才能は消えない。自分でつぶすのはやめろ。今の時代、方法はいくらだってある」と言われ、口では反発するものの心の中では受け入れようとしている自分に気がつきます。
海外の作品でも同じように読み書きに問題を抱えている少年少女が主人公の作品があります。『負けないパティシエガール』はパティシエを目指す少女フォスターが料理を教える代わりに読み方を教えてもらい、少しずつ読めるようになります。また、映画化された『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』(シーズン1:全5巻+外伝、シーズン2:全5巻)の主人公パーシー・ジャクソンも難読症を抱えています。『マザーランドの月』では、主人公の少年スタンディッシュが難読症で字を読んだり書いたりできません。これは幼いころ難読症だった作者自身を投影した主人公だと訳者あとがきで述べられています。作者のサリー・ガードナーによれば、「難読症は【障害】ではなく、【世界を別の見方で見られる】能力」だそうです。確かに、私たち1人1人本当に同じものを見て聞いているわけではないのでしょう。
同じような困難を抱えていて、でもマホのようには前向きになれないと思う人もいるでしょう。すぐさま解決できるわけではありませんが、支援により改善は可能で、支援ツールもあります。その1つに、マルチメディアデイジーというものがあります。音声にテキストおよび画像をシンクロ(同期)させることができるデジタル図書で、音声を聞きながらハイライトされたテキストを読み、同じ画面上で絵をみることもできます。作品数はまだまだ少ないですが、当館でも所蔵していますので、ぜひご利用ください。ホームページで「マルチメディアDAISY図書所蔵目録」を掲載しています。マルチメディアデイジーについては、図書館を題材にしたマンガ『夜明けの図書館』の第16話(第4巻所収)でも取りあげていました。このマンガ、残念ながら当館では所蔵していませんが、機会があればご覧ください。なお、マルチメディアデイジーを取り上げた第16話のタイトルは「すべての人にすべての本を」。図書館の命題だと思っています。
【企鵝】