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本蔵 -知る司書ぞ知る(14号)

更新日:2024年1月5日


本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2015年12月20日版

うわさの遠近法』(松山巖/著 青土社 1993.2)

書名を見ただけでは、なんの本なのか判らないと思います。当館では、この本に日本近代史の件名を付与しています。歴史書が対象とする事象のジャンルでいうなら、民衆史に属すると思いますが、「うわさ」を切り口にして日本の近代民衆史を描いているのが、本書のユニークなところです。
開巻間もなく、いわゆる「血税一揆」が採りあげられます。血税一揆とは、明治5(1872)年に布達された徴兵告諭の文中「人タルモノ固ヨリ心力ヲ尽シ国ニ報セサルヘカラス西人之ヲ称シテ血税ト云フ其生血ヲ以テ国ニ報スルノ謂ナリ」という一文を、西洋人のために国民の生き血を抜き取ろうとしているのだと誤解した人々のうわさ話が肥大化して、遂に全国各地で民衆蜂起が起こった事件です。
また大正12(1923)年9月に起った関東大震災の混乱の中で、朝鮮人が数多く虐殺された事件も採りあげられています。この事件は、数千人もの朝鮮人の集団が震災に乗じて爆弾などを用意し襲撃事件を起そうとしているとか、井戸に毒薬をばらまこうとしているといった根拠のないうわさが流布し、それを信じた市民によっておよそ六千人ともいわれる朝鮮人が虐殺されたものです。
これらのエピソードは、まさしくうわさ、風聞が市井の人々の情動に働きかけて生じせしめたものと言えるでしょうが、本書が扱う「うわさ」は、そうした風聞、風説の類にとどまりません。猟奇犯罪や男女のスキャンダルもあれば超能力ブームも採り上げられます。政治的な意図をもって流布される「うわさ」、すなわちプロパガンダも「標語」という形で扱われます。松山は「うわさは体制側に嫌われ、標語は好まれる」と指摘し、昭和戦中期における「うわさ」すわなち「不穏言動」の統制にまで言及します。

松山巌には本書の姉妹編とでもいうべき『群集:機械のなかの難民(20世紀の日本12)』という著作があります。この本の冒頭で松山は、「群衆は単に人間の群れを指すわけではない。群衆は一体となった感情を有している」と定義し、「人々が群衆と化すには、一滴の怒りが落とされれば輪のように拡がる」と喝破します。『うわさの遠近法』で採り上げられた血税一揆の民衆行動などは、まさしく「群衆」による行為にほかなりません。そして『群集:機械のなかの難民』では、日露戦争後のポーツマス講和条約締結に反対する群衆が引きおこした日比谷焼き討ち事件や、東京市電の運賃値上げ問題にからむ群衆暴動、大正7(1918)年7月に富山の漁師町の女たちの行動から始まり全国に波及した米騒動など、かつて日本ではかくも多くの暴動事件が起こっていたのかと思わせるほど、さまざまな群衆行動が紹介されています。
しかし松山の視点は、そうした荒ぶる群衆の姿だけを捉えているわけではありません。この本の第四章は「機械人の群れ」と題されています。「機械人」とは大杉栄の著書から取ったことばですが、大杉がこのことばを奴隷と同義に使っているのとは異なり松山は、流言に踊らされ、評判に飛びつき、煽動に盲従する群衆の姿を、オペレーターの操るままに動く機械になぞらえているように思われます。そして為政者に抗して荒ぶる群衆であったこの機械人たちは、第六章が「消耗品の群れ」と題されているように、昭和戦前期には機械ですらなくなります。この章が昭和3(1928)年8月のパリ不戦条約に始まり、昭和20(1945)年8月の敗戦までを対象としていることを思えば、「消耗品」が何を指すのかは明白でしょう。

松山巖がこの二冊の本で描こうとしたのは近代民衆史に相違ありませんが、その民衆とはうわさや流言、流行や評判、煽動などにたちまち流され、ときに荒ぶる群衆と化す人々でした。そしてそれは決して過ぎ去った昔のことではなく、現代に生きるわたしたちへの警鐘でもあります。松山は現代を「均質化した群衆社会」と表現しています。わたしたちはなお、流されやすい群衆社会の一員なのです。そこにこそ松山の問題意識──「うわさ」に左右され踊らされ続けてきた明治以後の民衆の歴史の洗いなおし──が存在するといってもよいでしょう。

単なる人間の群れではない「群衆」がいかにして造られるのかを、社会心理学の見地から検討したのがギュスターヴ・ル・ボンの『群集心理』です。19世紀末に出版されたこの本は、国王や王妃をギロチンの餌食にした凄惨なフランス革命などに材をとり、大衆煽動のメカニズムを明らかにしました。ル・ボンによれば群衆は「正しく推理する力を持たないために、およそ批判精神を欠き、つまり、真偽を弁別し、的確な判断をくだす能力を欠いている」のであり、「民衆の想像力を動かすのは、事実そのものではなくて、その事実の現われ方なの」だとされています。こうした性質を持つ群衆を扇動するための方法として、ル・ボンが指摘するのは、「断言と反覆と感染」という三つの手段です。論証を伴わない簡潔な断言とその執拗なまでの反覆が、意思や意見を感染させていくというのがル・ボンの分析です。

そしてル・ボンのいう「断言と反覆と感染」を権力掌握と国民統制の手段として用いたのが、かの国家社会主義ドイツ労働者党、いわゆるナチスであったと言われています。プロパガンダの天才と称されるヨーゼフ・ゲッベルスは政治的宣伝のためにあらゆるメディアを駆使しました。ナチス・ドイツがたどった破滅までの軌跡は、「均質化した群衆社会」に生きるわたしたちにとって、群衆化への抵抗を考えるための処方箋になるはずです。ナチス・ドイツに関する資料は枚挙に遑ないほどありますが、ここでは草森紳一の『絶対の宣伝:ナチス・プロパガンダ』(全四巻)を挙げておきます。昭和53(1978)年から54(1979)年にかけて番町書房から刊行されたこの本は、ながらく絶版で古書価もずいぶん騰貴していましたが、今年になって復刊が始まっています。この本によってわたしたちは、ナチスのプロパガンダの手法が、現代においても依然として錆びついてはいないことを知ることができるでしょう。本文のみならず、豊富な図版とそこに付された解説もこの本の魅力です。(文中敬称略)

【鰈】

超人ニコラ・テスラ』(新戸雅章/著 筑摩書房 1993.6)

 「天才は99パーセントの汗と1パーセントのインスピレーションである」という名言を残したのは、誰もが知るアメリカの発明王トーマス・エジソンですが、そのエジソンと同じ時代を生きたユーゴスラビア出身の発明家ニコラ・テスラについてご存じの方は、さほど多くはないでしょう。これは、そのテスラの生涯をたどりながら、テスラ像を検証した書です。

 私たちの毎日の生活に欠かせない電力。そのシステムの礎を築き、電気工学と機械工学の分野で大きな功績を残した人物がニコラ・テスラです。数学を得意としていたテスラは理工系の大学で学んだのち、交流で駆動するモーターを開発します。その後、アメリカに渡り、発明王エジソンの助手として働くことになりますが、直流システムによる配電推進派のエジソンと意見が対立。テスラは交流システムを確立するため、自ら研究所を設立するも、あえなく倒産。しかし、ウェスティングハウス社に特許を売却し支援を得ると100万ボルトの高圧電流を体に流すデモストレーションで注目を浴びるようになります。やがて、シカゴ万博やナイアガラ瀑布発電所で交流システムが採用されたことにより、エジソンとの因縁の対決に終止符が打たれ、テスラは勝利を掴みます。その後は「テスラコイル」「無線トランスミッター」など様々な発明をする一方で、人々の理解できない実験を繰り返し、いつしかマッド・サイエンティストと呼ばれるようになりました。テスラの開発装置や論文は米軍の秘密組織によって強奪され、晩年はホテルでひっそりと暮らし、人知れずこの世を去ったと記されています。

 本書には、直流システムでは安定した電力を遠方まで届けることができないという根本的な弱点の解説や、エジソンが直流を主張したのは、自身の発明した白熱電球を多く売るためだったというエピソードが盛り込まれていて、単なる伝記ではなく、サイエンス読み物としても楽しむことができます。また『トム・ソーヤーの冒険』で知られる文豪マーク・トゥエインが頻繁にテスラの実験室に通っていたことや、1915年にはエジソンと共にノーベル物理学賞の候補となり、共に受賞を逃したことなど意外と知られていない事実にも触れることができます。

 天才であるがゆえに栄光と挫折を味わった孤高の発明家テスラの偉業について、最近ではテレビでも紹介される一方、関連本も多く出版され、その業績が見直されるようになりました。関心を持たれた方は、本書の内容をコンパクトにした新書『知られざる天才ニコラ・テスラ エジソンが恐れた発明家』、ニコラ・テスラの講演録を翻訳した『ニコラ・テスラの<完全技術>解説書 未来テクノロジーの設計図』もぜひ読んでみてください。

【束】

科学は未来をひらく(ちくまプリマー新書)』(村上陽一郎/著 筑摩書房 2015.3)

大学の先生が中高生に語った講義を本にしたものです。
講義をテーマ別に編集し、この本のテーマは科学で、8人の先生の講義が収録されています。
「渋滞学」が専門の西成活裕先生は、大学で数学をすると親に伝えた時、「何の役に立つの?」と言われ、「だったら数学を使って社会の問題を解いてやろう」と決意します。

西成先生はセルオートマンの概念を使って渋滞学を説明します。セルオートマンの特徴は「すべてを0と1でだけで表現する」です。これを使って人や車がどう動くかというのもシュミレーションします。

西成先生は高速道路で渋滞するポイントを見つけます。
上り坂では速度が落ちるので、後ろの車がブレーキを踏み、またその後ろの車もブレーキを踏むことになり、こうして渋滞がおこります。車間距離を空けていれば、前の車がブレーキを踏んでも、いちいち次の車がブレーキを踏まなくて済みます。
車間距離が40mあれば、前の車がブレーキを踏んでもそれより弱く踏むだけで済むそうです。
この40mという数字はセルオートマン、数学で割り出した数字です。

数学が実生活に役立つことを説明するだけでなく、中高生に向けた生き方についてのアドバイスも書かれています。

他にも回虫がアレルギーを抑えることについて研究している先生の話などもあり、どの講義もおもしろくおすすめです。

【くるくる】


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