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本蔵 -知る司書ぞ知る(10号)

更新日:2024年1月5日


本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2015年8月20日版

憑霊信仰論』(小松和彦/著 伝統と現代社 1982.9)

昨年は「妖怪ウォッチ」の大ヒットで巷間に可愛いキャラクターの妖怪があふれかえった感がありましたが、妖怪ブームそのものは多少の波はあっても、ずいぶん長いあいだ続いているようです。
今回紹介する本の著者で国際日本文化研究センター所長の小松和彦は、妖怪研究の第一人者といわれていますが、雑誌「日経エンタテインメント」2014年12月号で、妖怪ブームは80年代後半以降ずっと続いていると述べています。そしておそらく、そのブームの根っこにあるのは、当の小松和彦が1982年に著したこの『憑霊信仰論』に違いありません。とはいっても、この本はエンタテインメントとは対極にある学術書です。著者のフィールドワークをベースにした民間信仰の研究成果で、民俗学や文化人類学に属するものですから、読みこなすための敷居はちょっと高いかも知れません。

本書に収録された六篇の論文は、いずれも書名から知れるように、憑きもの、憑霊という民間信仰を民俗学、文化人類学の観点から分析考察したものですが、中でも「《呪詛》あるいは妖術と邪術」「式神と呪い」の二篇は、高知県の物部村という山村(現高知県香美市物部町)に伝わる陰陽道的民間宗教「いざなぎ流」を紹介し、宗教祭祀として行われる呪詛や調伏の祈禱の実態を詳細に報告して、大きな衝撃をもたらしました。千年以上も前の平安時代に生きた陰陽師安倍清明の世界が、そこに現存して息づいていたのです。
小松によって知らしめられたいざなぎ流は、宗教民俗学の恰好の研究テーマとなりました。斎藤英喜『いざなぎ流祭文と儀礼』、松尾恒一『物部の民俗といざなぎ流』や小松自身の『いざなぎ流の研究:歴史の中のいざなぎ流太夫』などはその成果でしょう。

一方、70年代から80年代には、怪奇幻想小説の一大ブームが勃興しました。その全容については後日稿を改めて綴りたいと思いますが、娯楽小説の分野では新しいタイプの伝奇小説が本書と同時代の80年代に生まれています。荒俣宏の『帝都物語』(1985~)や、夢枕獏の『闇狩り師』(1984~)シリーズなどがそれです。それぞれ陰陽道に道教など中国の民間信仰や西洋神秘思想などを綯い交ぜにして呪術的世界を甦らせました。さらに夢枕獏は、1986年から安倍清明を主人公にした『陰陽師』シリーズも執筆し、大ヒットシリーズになっています。こうした伝奇小説の出現に、小松和彦の『憑霊信仰論』の影響を読み取ることはたやすいと思います。

小松和彦自身は、本書に続いて『異人論:民俗社会の心性』(1985)や『悪霊論:異界からのメッセージ』(1989)を著して、「異人殺し伝説」を中心とした民俗伝承への考察を深め、その中で河童や座敷わらしといった妖怪研究へのアプローチを試みています。そうした学問的変遷を経て、『妖怪学新考』が1994年に上梓されました。小松はこの著作において、柳田國男による「妖怪学」を批判し、「新しい妖怪学」の構築を宣言しました。さらに『怪異の民俗学』シリーズの編集や国際日本文化研究センターにおける多方面の研究者が参加した学際的な妖怪研究の実績(この成果は『日本妖怪学大全』にまとめられています)などによって、いよいよ「妖怪学」の第一人者としての小松和彦の地位が確立されたといえるでしょう。『憑霊信仰論』は小松和彦が妖怪研究に進んでゆく端緒となった記念碑的著作なのです。

小松和彦の『憑霊信仰論』に大きな影響を受けたという京極夏彦が、『姑獲鳥の夏』でミステリー文壇に登場したのも1994年です。その後の活躍ぶりは敢えて言うまでもないでしょう。京極は当代一流のエンターテイナーですが、妖怪への没入ぶりは凄まじいほどです。妖怪をモチーフにして多くの小説を執筆するかたわら、雑誌『怪』のエディトリアルにも関わり、そこから派生してラジオのパーソナリティまで務めたかと思えば、小松和彦の上記共同研究や、関西学院大学の西山克らが中心となって設立された「東アジア恠異学会」にも加わって、妖怪に関する研究論文も発表しています。京極の『妖怪の理 妖怪の檻』は、東アジア恠異学会編『怪異学の技法』に収録された論文「モノ化するコト」のベースになっていますが、『怪』に連載されたという性格からか、井上円了の妖怪学や柳田民俗学から始まって、師と仰ぐ水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』を経て、妖怪のキャラクター化まで縦横無尽、奔放自在に語りつくしています。

米国のホラー作家H.P.ラヴクラフトは『文学における超自然の恐怖』において、「人類の感情の中で最も古く最も強烈なものは恐怖である。恐怖の中で最も古く最も強烈なものは未知なるものへの恐怖である」と記していますが、もともと妖怪とは未知なるものへの恐怖を強烈にかきたてるものであったはずです。しかし、冒頭に言及した「妖怪ウォッチ」にせよ、水木しげるの漫画に登場する妖怪たちにせよ、ラヴクラフトがいう最古で最強の恐怖とは縁遠い存在になっています。どうしてそんなことになったのでしょうか。
この疑問に答えてくれるのが香川雅信『江戸の妖怪革命』です。まだ文明開化を迎えない江戸時代において、すでに妖怪は恐怖の対象から笑いの対象へとキャラクター化していました。この本は妖怪のキャラクター化のプロセスを丹念に検証して、妖怪研究の新しい側面を切り拓いています。鳥山石燕の『画図百鬼夜行』や河鍋暁斎の『暁斎百鬼画談』をかたわらに置いて、ときどき絵を見ながら読めば、感興一入でしょう。(文中敬称略)

【鰈】

坂本九 上を向いて歩こう』(坂本九/著 日本図書センター 2001.9)

今から30年前の昭和60(1985)年8月12日、東京発大阪行きの日本航空123便が群馬県にある御巣鷹山の近くに墜落するという事故が発生しました。乗員乗客524人のうち520人が亡くなり、生存者はわずか4人という日本最大の航空機事故となりました。その犠牲者の一人に、歌手の坂本九さんも含まれていました。この本は、坂本九さんご本人が雑誌や講演会誌などに寄稿された文章をまとめたもので、彼の素顔を知ることができます。

「坂本九」という名前を知らない方も、最近では多いかもしれませんが、「明日があるさ」や「上を向いて歩こう」などの曲は知っているのではないのでしょうか。「明日があるさ」はウルフルズや吉本興業のタレントによるグループ、Re:Japanなどがカバーし、テレビドラマや缶コーヒーのCMの主題歌としても使用されヒットしました。「上を向いて歩こう」は、日本だけでなくアメリカやイギリスをはじめ世界各国で発売され大ヒットしました。特にアメリカでは、「スキヤキ」というタイトルになり、昭和38(1963)年に音楽チャート誌『Billboard』で3週連続1位になり、また年間チャートでも13位に輝きました。日本人が歌った曲として1位になったのは、現在においてもこの曲だけです。そのため日本だけでなく、海外の多くのアーティストにもカバーされています。もちろん、この曲に関するエピソードも収められています。

音楽だけではなく、福祉活動もライフワークにされていた九さんですが、前述の飛行機事故で惜しくも43歳の若さで亡くなられてしまいました。この本の他にも『上を向いて歩こう』、『六・八・九の九 坂本九ものがたり』、『星空の旅人坂本九』など、坂本九さんについて書かれた本を当館では所蔵しています。音楽だけではなく、本で九さんを偲んでみるのもいかがでしょうか。

【Karma!】

プライムナンバーズ-魅惑的で楽しい素数の事典』(David Wells/著 オライリー・ジャパン 2008.10)

素数の本の紹介です。数学アレルギーの方、「私パス」と思われるかもしれませんが大丈夫。私も難しい数式はちんぷんかんぷん。そういう部分は読み飛ばし、面白いと思う箇所だけ読みましょう。

さて素数とは、1とその数とでしか割り切れない1以外の数(自然数)。2、3、5、7、11、13、17…。素因数分解でもこれ以上分解できない、文字どおり素となる重要な数達ですが、1つ飛ばして現れたかと思えば3つ飛び、また1つ飛ばして今度は5つ飛び…ランダムに現れるように見えます。この一見無秩序で不可思議な並びに、未だ解明されない秘密が多く隠されているといわれます。また、「これこそが大宇宙の創造主の暗号だ」という人もいます。紀元前の昔から現代に至るまで、多くの数学者達が素数に魅了され、その秘密に挑んできました。

たとえば「ユークリッド幾何学」にその名を残すエウクレイデス(紀元前3世紀頃)。『原論』にて素数が無限に存在する証明等を行っており、人類は紀元前から素数の秘密に挑戦していた様が窺えます。またレオンハルト・オイラー(1707-1783)は、「オイラー積」と呼ばれる式を発見し、円周率を全ての素数の積(乗積)で表現することに成功しました。他にも、カール・フリードリヒ・ガウス(1777-1855)は、カタツムリの殻や台風、銀河等自然界で多くみられる渦巻き形状と素数が関係する「素数定理」を発見します。さらに近年では、素粒子の運動は素数に関連する式で表すことができるのではないか、と研究が進んでいます。詳しくは『数学の創造者-ユークリッド原論の数学』、『オイラー-その生涯と業績』、『ガウス-整数論への道』、『素数からゼータへ、そしてカオスへ』等をご参照ください。
このように、ミクロの世界、或いは均整のとれた円・球や螺旋構造の根底には一見不規則と思われた素数が関与している。「宇宙の暗号」といわれる所以がここにあります。

さて、現在世界で最も難しい数学上の未解決問題といわれる「リーマン予想」。これも素数に関するものです。150年以上も幾多の大数学者の挑戦を退けてきたこの難問は、米国のクレイ数学研究所より100万ドルの懸賞金がかけられた現在でも、未だ解決に至っていません。
また、現代のインターネット上の暗号化技術も素数が用いられており、これは素数の性質が解明されていないことを逆手にとったものです。素数の秘密を解明できれば、ネット上の暗号を解読できてしまうでしょう。

当館では、本書以外にも『素数大百科』『素数の音楽』『リーマン予想がわかる』等関連本を所蔵しています。ネット上の暗号技術から宇宙の法則まで、はたまた100万ドルを手に入れることもできるかもしれない素数の秘密に、少しずつ迫ってみませんか。(この紹介文は、わかりやすさを重視したため、一部数学的に厳密でない表現があります。ご了承ください。)

【T】

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