大阪府立中央図書館 国際児童文学館 小展示「明治の子どもの“みる・よむ・あそぶ”~昔むかしのヒーロー・ヒロインたち~」【解説・展示資料一覧】
目次
はじめに
豊臣秀吉、源義経、静御前、紫式部などは、今でもNHKの大河ドラマに出てきたり、日本の伝記シリーズで取り上げられたりしますが、これらの人物の人気は、江戸時代までさかのぼることができます。そして、「偉人」や理想とすべき人(本展示では、ヒーロー・ヒロインという語を用います)として、明治時代以降の子ども向けの本や雑誌にも何度も取り上げられてきました。
この展示では、歴史上のヒーローやヒロインが、明治時代以来の絵本や教科書、歴史読本、絵雑誌、双六などにどのように描かれてきたかを紹介します。
ヒーロー、ヒロインの取り上げ方の違いや、今では取り上げられなくなった人物を発見してみてください。
≪協力(資料選定・解説執筆)≫
アーフケ・ファン=エーワイク氏(日本学術振興会外国人特別研究員)
≪協力≫
一般財団法人 大阪国際児童文学振興財団(IICLO)
※解説文中に出てくる【 】内の数字は、展示資料の番号です。
番号 | タイトル | 著者 | 出版者 | 出版年 | 備考 | 請求記号 |
A1 | 義経一代記[合本] 上・下 | [荒川吉五郎] | [不明] | 9999/228 | ||
A2 | 日本童話宝玉集 上 (模範家庭文庫 [10]) | 楠山正雄/編 | 冨山房 | 1921.12 | 15版(1935) | N151208/1-(10)/15 |
A3 | キヨマサ [複刻版] (日本一ノ画噺) | 巌谷小波/著 小林鍾吉、岡野栄、杉浦非水/画 | 丸善 | 1914.4 | 5版(1921)の複刻 | 復刻版/キ |
A4 | 幼年画報 16(6) | 博文館 | 1921.5 | BC_YON/8N/16(1-8) | ||
A5 | 模範國史繪年表 (『少女俱樂部』12巻第4号附録) | 藤岡繼平/指導・編纂 | 大日本雄弁会講談社 | 1934.4 | FB/302NX | |
A6 | 歴史カルタ :イロハカルタ (上製王様カルタ) | 土村正寿/案画 | 金井信生堂 | 1937.9 | 再版(1940) | N370920/8/2 |
1.近世の子どもたちのヒーロー・ヒロイン
近世の子どもたちを魅了したヒーロー・ヒロインたちについて伝えるメディアとしては、「武者絵本」がありました。武者絵本は、中世の軍記物語をはじめ、能や浄瑠璃、歌舞伎などに登場する有名な人物とそのエピソードを描いています。特に多く登場する人物は牛若丸(源義経の幼名)で、江戸中期の『絵本英雄鑑』【B1】には、「天狗を相手に剣術けいこ」をする場面が描かれています。『絵本武勇鑑』【B3】には、女性キャラクターも描かれており、日本史における数少ない女武将の板額御前や巴御前、息子の覚悟を導く楠木正行の母などが紹介されています。これらの人物は「烈女」とされて、武略、賢さ、美貌、忠義などが褒められました。
軍記物語には、義経の「腰越状」や曽我兄弟の「曽我状」などの手紙も登場しますが、それらは手習い(読み書き)の教材として用いられていました。それらを収録した往来物(教科書)には、仮名で書かれた内容の説明や迫力ある挿絵も加えられていました。また、子ども向けの本には主人公の子ども時代の姿も描かれますが、そこに彼らが「手習い」をする場面も見られます。
ただし、勉強しなくても偉くなった人物もいました。その代表は豊臣秀吉(幼名:日吉丸)です。江戸時代末期の『絵本日吉丸軍記』【B2】には、秀吉の伝承が語られており、三冊の表紙には日吉丸と二人の盗賊の姿が描かれています。流浪して橋の上で寝ていた日吉丸が、通りがかった盗賊たちに起こされ、激しく怒る場面が有名でした。日吉丸の話では、勉強よりも勇ましさが強調されていたのです。
江戸時代の絵本を通じた伝承は、近代の挿絵と再話にも影響を与え続けました。
番号 | タイトル | 著者 | 出版者 | 出版年 | 備考 | 請求記号 |
B1 | 絵本英雄鑑 五 | 長谷川光信/画 | 忠雅堂 | [江戸中期] | 中之島図書館蔵 | |
B2 | 絵本日吉丸軍記 上・中・下 | 笠亭仙果/編 朝香楼芳春/画 | [錦耕堂] | 1867 | M670000/1-1~3 | |
B3 | [絵本武勇鑑 下] | 西川祐信/画 | 菊屋㐂兵衞 | 1749 | 中之島図書館蔵 | |
B4 | 頭書訓読 古状揃講釈 全 | 一鵬斎(歌川)芳藤 | 丁子屋平兵衛 | [江戸末期] | 個人蔵 | |
B5 | 加藤清正一代記 | 森本順三郎 | 1889 | M890000/1NX | ||
B6 | 絵本実録 義経一代記 全 | 牧金之助/編輯 | 牧金之助 | 1892.5 | M920528/2 |
2. 明治の国づくりと昔のヒーロー①
明治維新後、新政府は1872年の「学制」によって近代的な義務教育を導入しました。それにより、全国の子どもたちの知識を増やすだけではなく、良き「国民」を育成することも次第に注目されるようになりました。「教育勅語」発布(1890年)後、その理念を紹介する少年雑誌や読み物も盛んに刊行されました。国民の育成には歴史上の出来事や人物が重視されましたが、この時期に発売された「日本歴史双六」(1891年)【C1】では、「振り出し」の神武天皇の即位から、多くの歴史上の人物と出来事が並べられています。「上がり」の「憲法制定」は前年に施行されたものです。国家の歴史を代表する人物として、武勇、学問、政治で成功した多くの男性に加え、歌人や有名な武士の母・妻として知られていた女性たちがあげられています。武内桂舟(1861-1942年)による挿絵には、例えば牛若丸が弁慶と出会う「五条の橋」の場面もあり、近世から伝わってきた図像に基づいた絵が多く見られます。
この双六の内容を考えた国文学者の落合直文(1861-1903年)と池辺義象(1861-1923年)は、最初の少年向け歴史叢書「家庭教育 歴史読本」(1891-92年、全12冊)【C2】も執筆しました。その序文に先立ち「教育勅語」が掲げられており、愛国心の育成が目指されています。第一冊目では、日本武尊と曽我兄弟の生涯とその壮絶な最期が劇的に描かれています。
番号 | タイトル | 著者 | 出版者 | 出版年 | 備考 | 請求記号 |
C1 | 日本歴史双六 | 落合直文、小中村(池辺)義象/考察 武内桂舟/絵 | 博文館 | 1891 | 個人蔵 | |
C2 | 家庭教育 歴史読本 第1編 | 小中村義象、落合直文/合著 | 博文館 | 1891.2 | 再版(1891.3) | M910222/1-1/2 |
3.明治の国づくりと昔のヒーロー②
明治期の歴史教科書では多くの歴史的人物が紹介されていましたが、国史を学ぶとともに、その人物をお手本にすることも目的とされていました。例えば、眠くなっても自ら水をかけて勉強を続けた学者の新井白石のように「勤勉」であるべきだとされ、豊臣秀吉のように「出世」を目指すべきだというように教えられたのです。次世代の育成は明治の少年雑誌でも重視されており、『小国民』一巻九号【D7】には「牛若丸気質鍛錬の図」が掲載され、記事では牛若丸が厳しく身体を鍛えた結果、偉大な武将になったと記されています。
大和田建樹(1857-1910年)の『日本歴史譚』(1896-1899年)【D2,3】は大ヒットし、谷崎潤一郎も愛読していました。同時期に発行された巖谷小波(1870-1933年)の叢書「日本お伽噺」(全24冊)【D8】は、史実と伝説に創作を交え、主人公の子ども時代に関する様々な話題も紹介しています。例えば、教科書に描かれる日吉丸は丁寧にお辞儀をしますが、小波の描く日吉丸は「わんぱく」で、教科書が提示する理想像とは異なります。また、小波の『お伽画帖牛若丸』【D4】には牛若丸の天狗との剣術稽古などが紹介され、近世絵本に見る図像に基づいた、空想的な場面がいきいきと描かれています。
絵雑誌『幼年画報』でも、江戸時代に人気があったヒーローが多く紹介され、その人物の見どころや「歴史」という概念を明らかにする新しい工夫が見られます。一巻一号【D5】には、秀吉の「出世」と織田信長への忠義を表している図と説明があります。馬に乗っている秀吉の姿の背景には、貧しい家が描かれており、馬のしっぽで繋がっている構図になっています。「昔・今」の図では、昔の武士と今の兵士が重ねあわされ、「軍国」としてのイメージが提示されています。また、「絵解きを家族に聞きなさい」と指示書きされた絵もあり、これらの人物や図像が広く知られていることが前提とされていたことが伺えます。明治後期の教育や児童書では同じ人物が何度も描かれていたことと関わるのでしょう。
番号 | タイトル | 著者 | 出版者 | 出版年 | 備考 | 請求記号 |
D1 | 帝国修身訓 巻五 訂正3版 | 集英堂 | 1900 | 個人蔵 | ||
D2 | 九郎判官 (日本歴史譚6) | 大和田建樹/著 [筒井]年峰/画 | 博文館 | 1897.1 | 15版(1909) | M961222/1-6/15 |
D3 | 悪七兵衛 (日本歴史譚8) | 大和田建樹/著 [水野]年方/画 | 博文館 | 1897.12 | 13版(1910) | M961222/1-8/13 |
D4 | 牛若丸 (お伽画帖 第2編) | 巌谷小波/編 秋香/画 | 博文館 | 1908.4 | N0803../1-2 | |
D5 | 幼年画報 1(1) | 博文館 | 1906.1 | BC_YON/8/1-1 | ||
D6 | 尋常小学読本 巻之七 | 文部省 | 1887 | 個人蔵 | ||
D7 | 小国民 1(9) 復刻版 | 不二出版(原本の出版社:学齢館) | 1890 | |||
D8 | 日吉丸 :雷の臍 (日本お伽噺18) | 大江小波/編 小峰大羽/画 | 博文館 | 1898.8 | 3版(1899) | M961023/1-18/3 |
D9 | 幼年画報 3(2) | 博文館 | 1908.2 | BC_YON/8/3-2 | ||
D10 | 幼年画報 12(1) | 博文館 | 1917.1 | BC_YON/8/12-1 |
4.いくさごっこ
子どもたちが歴史上のヒーローに憧れ、遊びを通して学ぶ様子も描かれています。高橋太華(1863-1947年)の『太閤秀吉』(1893年)【E1】では、近世から伝承された幼少期のエピソードに加え、大将志望の日吉丸がいくさごっこをする様子も描かれています。日吉丸は、手習本を使って鎧を作り、立派な大将を演じています。一方、『今牛若丸』【E2】の主人公は、義経を真似しようとするものの、すべて失敗に終わり、「素直に勉強すればよい」という結論に至ります。
大正時代の絵雑誌に描かれる「いくさごっこ」は幼年男子の健康的な遊びとして描かれています。『幼年画報』十巻七号【E5】では、「加藤清正ごっこ」をしている男の子が描かれ、清正が「朝鮮征伐」の時に虎狩をしたというエピソードを背景に、男の子が清正の独特な兜をかぶり、猫を虎の代役にして、庭で「虎狩」をする様子が描かれています。清正の伝記は初版「講談社の絵本」(1937-1941年)などにも含まれていましたが、戦後、「朝鮮征伐」が明らかに日本から朝鮮半島への侵略だと思われ、取り上げられなくなりました。
「日本歴史ごっこ双六 幼年の友新年附録」(1926年)【E3】では、清正の虎狩と、動物園で子どもたちが虎を眺める様子と組み合わされています。また、義経の「八艘飛び」の場面は、飛行機に乗って遠くへ飛ぶ子どもたちと並べられ、戦で命を落とす前夜に笛を吹いている平敦盛が、元気に洋楽器で音楽を奏でる女の子たちと並べられています。このような遊びを実際にできたのは、裕福な子どもたちだけでしたが、そこでは、武士の理想化と子どもの「無邪気」の理想化が共存していたことが分かります。
また、『幼年画報』十四巻六号【E4】、子供の日を祝う「ムシャギョウレツ」の図では、乃木大将や義経、弁慶、清正、敦盛といった人気のヒーローを演じる男の子たちが集まり、その行列を見る女性と女の子たちの姿が描かれています。ここでは、男女の役割がはっきりと分けられており、当時の社会の価値観が反映されています。
番号 | タイトル | 著者 | 出版者 | 出版年 | 備考 | 請求記号 |
E1 | 太閤秀吉 (少年文学17) | 太華山人/著 | 博文館 | 1893.1 | 6版(1898) | M910103/1-17/6 |
E2 | 今牛若丸 (日本お伽噺 第34編) | たから山人/編 笠井鳳斎/画 | 綱島亀吉/発兌 | 1911.4 | N090704/1-34 | |
E3 | 日本歴史ごっこ双六 (『幼年の友』附録) | 原掬水/案 山口将吉郎/画 | 実業之日本社 | 1926 | 個人蔵 | |
E4 | 幼年画報 14(6) | 博文館 | 1919.4 | BC_YON/8N/14(1-8) | ||
E5 | 幼年画報 10(7) | 博文館 | 1915.5 | BC_YON/8N/10(7) |
5. 幼女・少女のお手本
教科書や歴史叢書に登場する女性の伝記や物語は、男性に比べると少ないものでした。しかし、近世から明治初期にかけて、女子教育の一環として「烈女伝」が流行し、歌舞伎などで広く知られたヒロインたちのエピソードも、絵画化されるようになりました。これらは後に少女向けの書物にも取り上げられました。
有名なヒロインのひとりである静御前は、「家庭教育歴史読本」第四編【F1】に登場します。義経に愛され、逃亡中の義経を思う舞と和歌を披露して、源頼朝を怒らせる場面が有名です。少女向けの再話では、「良い妻」のお手本として描かれています。『歴史物語 静御前』(1936年)【F5】の口絵では、行列を見ていた少女の静と義経の目が合う瞬間が描かれており、読者を引きつけます。また、絵本や絵雑誌には、春日局や武将の妻・母たちも登場し、義経の母である常盤御前は子どもたちを守る母として描かれています。
折本の『名婦歌画帖』【F7】では、日本人女性四十人に加え、欧米・中国の女性十人が描かれ、当時の女性歌人の詩も添えられています。石山寺で月を見ながら『源氏物語』を書き始めたとされる紫式部をはじめ、文人として知られる女性が多く、夫を裏切ることなく死を選んだ袈裟御前や、戦に出た巴御前などが紹介されています。与謝野晶子らの詩は、昔のヒロインの心を想像する糸口となります。
このように、女性の作家が関わった作品は珍しく、歴史上の女性の物語を執筆したのはほとんど男性でした。また、昔のヒーロー・ヒロインの物語に興味を持つ女子は少女雑誌だけでなく、少年少女向け、または、少年向けのさまざまな雑誌を読んでいたと考えられますが、その誌面には女性の視点はほとんど見当たりません。この問題に積極的に取り組む児童文学作家や漫画家が登場するのは、これより後の時代のことでした。
番号 | タイトル | 著者 | 出版者 | 出版年 | 備考 | 請求記号 |
F1 | 家庭教育 歴史読本 第4編 | 小中村義象、落合直文/合著 | 博文館 | 1891.9 | M910222/1-4 | |
F2 | 静御前 (講談社の絵本108) | 西条八十/文 近藤紫雲/絵 | 大日本雄弁会講談社 | 1939.5 | N361201/1-108 | |
F3 | 幼年画報 11(16) | 博文館 | 1916.12 | BC_YON/8/11-16 | ||
F4 | 少女世界 3(2)臨時増刊1 | 博文館 | 1908.1 | BC_SHOJ/18 | ||
F5 | 歴史物語 静御前 (『少女倶楽部』14巻第4号附録) | 西条八十/文 須藤重/画 宇田川鈞/編輯 | 大日本雄弁会講談社 | 1936.4 | FB/100 | |
F6 | 教育歴史絵はなし 日本名女伝 (教育絵噺) | 中村青軒/画作 | 富里昇進堂書店 | 1910.5 | N080413/1-(4) | |
F7 | 名婦歌画帖 (『少女倶楽部』9巻1号附録) | 中村孝也/名婦選 佐藤保太郎/解説 加東三郎[ほか]/画家 | 大日本雄弁会講談社 | 1931.1 | FB/239N |