本蔵-知る司書ぞ知る(125号)
本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。
2025年3月20日版
今月のトピック 【刀剣】
ゲーム「刀剣乱舞ONLINE」が人気ですね。刀剣ゆかりの神社や博物館を訪れる方も多いのではないでしょうか。ひとくちに刀剣といっても、著名な刀工が打ったもの、歴史上の人物が持っていたもの、逸話を持つもの、その魅力は様々です。
今回はそんな「刀剣」をテーマに本をご紹介します。
『小説刀剣幻想曲:三日月宗近、山鳥毛、にっかり青江…刀をめぐる九つの物語』(秋月達郎/著 ホビージャパン 2022.1)
「へし切長谷部×黒田官兵衛」「一期一振×徳川家康」「にっかり青江×京極忠高」など、「刀剣」を物語の中心にそえた歴史小説が9篇収録されています。いずれの話も著名な歴史上の人物と刀剣の物語となっています。刀剣は、表題に挙げられている以外にも登場します。例えば「山鳥毛」の刃毀れの謎をめぐる「山鳥毛×上杉景勝」では、「姫鶴一文字」や「謙信景光」など、刀を愛した上杉謙信・景勝ゆかりの刀が出てきます。刀との物語として意外なところでは、「千利休×こぶ屋藤四郎」(「こぶ屋藤四郎」は千利休の切腹の際に使われた短刀)の物語もあります。
『名刀ゆかりの地案内:刀剣聖地巡礼(刀剣Fan Books 014)』(「刀剣ファン」編集部/著 天夢人 2023.12)
神社や美術館、博物館、刀工の作刀地や墓といった、刀剣ゆかりの地がまとめられています。大阪では「石切丸」が奉納されていることで有名な「石切劔箭神社」、月山貞一(2代)による「槍 日本号写し」が所蔵されている「大阪歴史博物館」、大坂新刀と呼ばれる江戸時代に大坂で作刀された刀剣を所蔵する「大阪城天守閣」が掲載されています。推しの刀剣やその刀剣が作られた地を巡りたいときに、確認してみてはいかがでしょうか。
『刀剣書事典』(得能一男/著 刀剣春秋 2016.9)
古くは鎌倉時代の末頃から、刀剣は研究されており、古典籍の文献として刀剣書が複数あり、この資料は刀剣書40冊余りが解題されています。例えば、p.74-80『新刀弁疑』(鎌田魚妙著)について「この著が出されたことによって、(中略)慶長以降に製作された刀を、改めて古刀に対する新刀という新しい用語で呼ぶようになり、この本以降この用語が定着することになった記念碑的な著作」といった説明があります。江戸時代大坂で作刀された刀を「大坂新刀」と呼ぶのも、そういうことか、なるほどと得心がいきます。
ちなみに大阪府立中之島図書館では、古典籍として安永八年刊の『慶長以来 新刀弁疑』(9冊本)を所蔵しており、現代語訳『慶長以来新刀辨疑:現代語訳』(鎌田魚妙/著 内藤久男/訳 里文出版 2018.5)も所蔵されています。
『戯曲ミュージカル『刀剣乱舞』:幕末天狼傳』(御笠ノ忠次/脚本 集英社 2019.7)
漫画・アニメ、ゲームなどが舞台化・ミュージカル化されることがあります。この本は、ゲーム「刀剣乱舞ONLINE」のミュージカル、「ミュージカル『刀剣乱舞』~幕末天狼傳~」の戯曲です。刀剣男士(付喪神)が、歴史を守るために戦うのですが、この話はタイトルのとおり時は幕末。登場する刀剣男士は蜂須賀虎徹と、新選組に関連する長曽祢虎徹・和泉守兼定・堀川国広・加州清光・大和守安定の6振です。刀剣が主を思う気持ちを主軸に新選組の活躍したストーリーを読んでみるのも面白いのではないでしょうか。
今月の蔵出し
『ナポレオン狂』(阿刀田高/著 講談社 1979.4)
以前、この「本蔵-知る司書ぞ知る(107号)」で伝記小説『夜の旅人』を取り上げましたが、著者の阿刀田高氏は、これより先に、同じ人物をモデルにして、もう一作短編小説を書いています。それが『ナポレオン狂』です。
阿刀田氏は国立国会図書館に勤務していた頃、図書館関係のパンフレットに「図書館めぐり」の記事を連載していました。その執筆のために東京ゲーテ協会(現在の東京ゲーテ記念館)のコレクションを見学したのが、協会の創設者であり、小説の主人公のモデルである粉川忠氏との初対面だったと言います。(『夜の旅人』の「あとがき」による。)
粉川氏と出会い、「もしゲーテの熱狂的な蒐集家のところに、ゲーテそっくりの人物が訪ねて来たらどうなるだろうか。」という着想から、この『ナポレオン狂』(主人公はゲーテの蒐集家ではなく、ナポレオンの蒐集家に変えられている)は生まれたそうですが、胸がざわざわするような、スリリングな後味が残る作品です
私自身も以前勤務していた図書館の館報に「図書館めぐり」なる記事を寄稿するため、取材でいくつかの図書館・図書室を訪問したことがあり、似たような状況からこの小説が誕生したのかと思うと、状況が想像しやすく、親しみも持てました。
同一著者が同一の人物をモデルとして二作品を執筆することは珍しいのではないでしょうか。『ナポレオン狂』は蒐集家の「狂」的な部分が強調された作品のため、著者にはモデルの粉川氏に対して多少の罪悪感があったのか、後に初の長編小説として書かれた『夜の旅人』では、ナポレオンの蒐集家ではなく実際のとおりゲーテの蒐集家、「すこぶる生真面目なお人柄」(あとがきより)として氏の生涯と事業が丁寧に描かれています。二作それぞれに味があり、読み比べてみるのも一興です。
【天野】
『彼方の友へ』(伊吹有喜/著 実業之日本社 2017.11)
この本は、明治に創刊され大正、昭和と少女向けに発行された「乙女の友」という雑誌の編集部で働いていた佐倉波津子(本名佐倉ハツ)を中心に昭和の戦前期から戦後の時代の状況を描いた小説です。題名となった「彼方の友」とは、こちらの編集部で「乙女の友」を支えてくれる全国の愛読者のことを親しみを込めて呼ぶ言葉です。
波津子は、父が大陸へ渡ったきり消息をたち、母も病弱なため、高等小学校卒業後は音楽教師の私塾で内弟子兼女中として働いていました。16歳になった波津子は、ある事情であこがれの雑誌「乙女の友」編集部の有賀主筆付けの雑用係として勤務することになります。しかも、経費の精算を名目に有賀主筆の部屋に出入りする人物と有賀主筆の行動を記録するように言い含められます。
波津子は、有賀主筆からある疑いをかけられ、別の仕事を紹介するので、編集部をやめるよう言われますが断ります。有賀主筆は、波津子が読者時代から「乙女の友」を切り抜いて作成した「切り抜き帳」を見て、波津子の編集者としてのセンスに気づき、幹部にも認められ翌年からアシスタントとして採用されることになります。
小説の中ではこの二人の中心人物のほか、「乙女の友」づくりに関わって、画家の長谷川純司、有賀の従妹で編集部のアルバイト佐藤史絵里、翻訳詩人の霧島美蘭、科学小説家の空井量太郎など様々な登場人物が現れます。原稿を取りに行った先でも、社内でも、男性社員中心の状況の中で、自分のできることを懸命に考えて切り抜ける(時には、原稿の締め切りを過ぎた作家の先生を自分の自転車に乗せて編集部まで連れてきてしまうような無茶をしたりもしますが)波津子と波津子を応援する史絵里に心意気を感じます。
連載の最終回の原稿を提出する予定だった空井量太郎が検挙され、空いたページの代わりの原稿を急遽、波津子の小説で充てることになり、このことから、波津子は創作もできる編集者となっていきます。
そして、戦時体制が厳しくなる中、だんだんと、雑誌に国威発揚の企画を入れたり、表紙の絵に登場する小道具にも注文がつくようになり、長谷川純司が「乙女の友」を去ることに。有賀主筆も招集され、「乙女の友」は波津子が主筆となって終戦の2か月前まで発行を続けますが、編集後記で戦況に触れないと印刷する紙すら割り当ててもらえないようになっていきます。
戦後、波津子は、復員してきた長谷川純司と再会します。「乙女の友」の出版を促す長谷川に対して、何を作ったらいいんでしょう、と波津子が問いかけ、長谷川は「『友へ、最上のものを』。ただ、それだけ。心をこめて、それを届けるだけ」と答えます。
この小説は、老人施設で過ごす現在の波津子と昭和の波津子の物語が行ったり来たりする構成となっており、最後に明かされる秘密もあります。編集部の中で見守られながら、少しずつ経験を積み、りっぱな編集者となった波津子の成長物語でもあります。
【たま】