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大阪府立中央図書館 国際児童文学館 企画展示「幼年文学のはじまりと現在」【解説・展示資料一覧】

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更新日:2024年12月5日

目次

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はじめに

 「幼年文学」は、児童文学のなかで、学齢前から小学2、3年生までを読者とするものです。この時期の子どもには、近くの大人が読んであげることが必要です。自分で読みはじめた子どもも、最初は、声に出して音読をするでしょう。

 この展示では、幼年のための文学がどのようにしてはじまり、どのようにして、現在にいたっているのかをたどります。

 幼い読者のための児童文学である幼年文学は、絵本とはちがいます。絵が物語を語り、ページをめくって展開する絵本は、視覚的で、本という形をした工芸でもあります。幼年文学は、たくさんの挿絵がついていて、本の形をしていますが、仮にすべての挿絵を抜いても、本の形をしていなくても(巻紙に書かれていたとしても)、読んだり読んであげたりできます。ことばだけで成り立つものが幼年文学です。

 今日は、すぐれた絵本がたくさん出版されていますから、絵本の読み聞かせが幼年期の読書になっていることが多いかもしれません。しかし、幼い子どものことばを深く耕し、同時に子どもたちの心を楽しく解放する幼年文学の大切さは、いうまでもありません。

  私たちは、幼年文学のどんな財産をもっているのか、国際児童文学館所蔵の書籍や雑誌でたしかめていきたいと思います。幼年文学がさまざまに試みてきたことをとおして、その新しい可能性もさがしだすことができたらと願います。

※解説文中に出てくる【 】内の数字は、資料展示リストの通し番号です。

1.明治期の「幼年」

 明治期にもう、「幼年」ということばを含むタイトルの出版物があります。1891(明治24)年1月に刊行された『こがね丸』で日本の子どもの文学を出発させた巖谷小波(1870-1933)のもとで博文館の編集者をつとめた木村小舟(1881-1954)の『明治少年文学史』第2巻(注1)には、つぎのように書かれています。

 「由来幼年なる文字は、各時代に依りて、稍その対照を異にせるやの感がある。例えば明治廿四五年(明治二十四、五年―筆者注)の「幼年雑誌」は、正しく後の「少年世界」に同じく、また明治三十九年に誕生せる「幼年画報」は、実に尋常一二年生を標準とせるものであった。」

 1891(明治24)年に博文館が創刊した『幼年雑誌』は、同誌を引きついで、1895(明治28)年に創刊された『少年世界』と同じく、13、4歳の「少年」を読者としていたことになります。1906(明治39)年に創刊された『幼年画報』【1】になると、現在の「幼年」と同様、小学1、2年生(7、8歳)くらいまでを読者としました。『幼年画報』には、カタカナの記事が多いのです。1900(明治33)年には、『少年世界』の「幼年欄」を独立させようとして、低年齢向きの『幼年世界』【3】の刊行もはじまっています。

 これらのどの雑誌にも、巖谷小波の作品が掲載されています。小波は、1900(明治33)年ごろから、小波が「お伽仮名」「わ仮名」と呼ぶ発音式かなづかいを採用しています。「ところが太郎わ(ママ)……ストーブの側え(ママ)来て……」(『消炭太郎』【8】) と書くのです。子どもに語る「声」を感じさせる仮名づかいだといえそうです。小波は、幼年のための文学でも先がけの役割を果たしています。

(注1)童話春秋社 1949年5月

番号タイトル著者出版者出版年月
1幼年画報 1(1)博文館1906.1
2幼年の友 1(4)実業之日本社1909.4
3幼年世界[1900年創刊] 1(2)博文館1900.2
4幼年世界[1911年創刊]  1(2)博文館1911.2
5鬼桃太郎 (幼年文学  第1號)尾崎紅葉/著
[富岡]永洗/画
博文館1891.10
6新年狂言 春駒 (幼年玉手函  第1編)漣山人/著博文館1893.12
7滑稽 小児四十八癖 (幼年玉手函 第9編)思案外史/戯著博文館1894.8
8消炭太郎 (世界お伽噺 第25編)大江小波/著
梶田半古/画
博文館1901.1

2. 幼年童話のはじまり 『赤い鳥』、カタカナ童話とひらがな童話

 日本児童文学学会編『児童文学事典』(注2)の「幼年童話」の項目には、「雑誌「赤い鳥」が昭和初期に幼年読み物と名づけて、片かなに平易な漢字混じりの童話を発表したのが幼年童話の先駆といわれている。」とあります(執筆は萬屋秀雄)。このことにもふれた佐藤宗子の論考「「童話」の〈ふしぎ〉――開かれた自律をめざして――」(注3)を手引きにさがしていくと、1926(大正15)年9月の『赤い鳥』【9】の目次に「低年読物」と記された2編が見つかります。この年の1月号から、『赤い鳥』の奥付のページには、「やさしい読物募集」という呼びかけがあります。――「一二年の人たちが読んで分る程度の平易で上品な読みものを募集します。」鈴木三重吉(1882-1936)選で、入選作には清水良雄(1891-1954)、鈴木淳(1892-1958)、深澤省三(1899-1992)の挿画で掲載されるとも書かれています。『赤い鳥』は、一時休刊して、1931(昭和6)年に復刊後も、「低年読物」や「幼年童話」の募集や掲載をつづけました。

 『赤い鳥』の「低年読物」のように、幼年童話は、当時は小学1年生で学んだカタカナばかりで分かち書き、あるいは、2年生で学ぶひらがなばかりで書かれました。千葉省三(1892-1975)が、はじめ、雑誌『童話』に「ワンワンのお話」【10】(注4)として連載した漢字まじりの童話は、『ひらがなゑばなし ワンワンものがたり』【11】という、ひらがな童話として刊行されました。

(注2) 東京書籍 1988年4月
(注3) 『日本児童文学』70(2) 2024年3-4月号
(注4) 1923年4月、5月、7月、1924年1月

番号タイトル著者出版者出版年月
9赤い鳥 [第1次] 17(3)鈴木三重吉/主幹赤い鳥社1926.9
10童話 4(4)コドモ社1923.4
11ひらがなゑばなし ワンワンものがたり
(きんらんゑばなし叢書  第2編)
千葉省三/著
川上四郎/装幀・装画
金蘭社1929.12
12ひらがなゑばなし ワンワンものがたり
(名著複刻 日本児童文学館 第二集 21)
[複刻版]
千葉省三/著
川上四郎/装幀・装画
ほるぷ出版1974.12

3. 幼年童話のはじまり 月刊絵本と学年別雑誌

 幼年文学は以前は「幼年童話」と呼ばれ、「幼年童話」は、口なじみがよいせいか、いまも使われます。その幼年童話のはじまりについて、童謡詩人で童話作家の与田凖一(1905-1997)がつぎのように書いています。

 「童話の、対象読者が、(中略)子どもの読解力、または理解力の発達段階別に考えられるようになったのは、昭和期に、はいってからでした。大正期までの児童文学には、幼年童話というような段階的区分は、なかったのです。」(注5)

 「大正末期から、昭和七・八年頃までは、いわば、児童文学の「暗い谷間」といえる一時期です。(中略)わずかに、『コドモノクニ』『コドモアサヒ』『コドモノヒカリ』といった月刊絵本が、絵雑誌という制約のなかで、みじかい童話をのせました。また、初級むきの学年別雑誌が、その制約のなかで、わずかに童話をのせました。いわゆる幼年童話なるジャンルの、ジャアナリズムでの自然発生は、このへんのところにあったようです。」(注6)

 巖谷小波を幼年の文学の先がけとしましたが、与田があげた月刊絵本、絵雑誌、学年別雑誌、それに、かなの童話の本など、「幼年」を対象とするメディアの状況が整った大正末から昭和期にかけて、「幼年童話」がはじまったと考えることができそうです。

 1932(昭和7)年12月に創刊された学年別雑誌『カシコイ一年小学生』【20】『カシコイ二年小学生』【21】には、まだ東京外国語学校在学中の新美南吉(1913-1943)が「アメダマ」(『カシコイ一年小学生』1933年3月号)などの幼年童話を寄稿しています。浜田廣介のよく知られた「泣いた赤おに」は、『カシコイ二年小学生』の1933(昭和8)年8月号から連載されました。そのときの題は「おにのさうだん」です。

(注5) 与田凖一「かいせつ」 『日本幼年童話全集 第2巻 童話篇2』河出書房 1954年10月
(注6) 同上

番号タイトル出版者出版年月
13コドモノクニ 1(3)東京社1922.3
14コドモノクニ 4(5)東京社1925.4
15コドモアサヒ 1(1)朝日新聞社1923.12
16コドモアサヒ 5(8)<46>朝日新聞社1927.8
17コドモアサヒ 9(5)<91>朝日新聞社1931.5
18コドモノヒカリ 1(1) 創刊号子供研究社1937.1
19コドモノヒカリ 2(12) ナカヨシ号子供研究社1938.12
20カシコイ一年小学生  1(1)精文館1932.11
21カシコイ二年小学生  4(3)精文館1935.2

4. 幼年童話の作家たち その1

 『ワンワンものがたり』も、幼年童話のはじまりの一つですが、村山籌子(1903-1946)が、多くは夫である村山知義の絵で雑誌『子供之友』【22】にウイットに富む独自の幼年童話を数多く発表しました。

 大正期の浜田廣介(1893-1973)の「椋鳥の夢」は、「さびしい」という感情を奇跡のように純粋なかたちで取り出して描いた代表作です。これを表題にした最初の童話集の背表紙にはもう「ひろすけ童話」と記されていました。「椋鳥の夢」は漢字まじりの作品ですが、昭和に入ると、カタカナ童話やひらがな童話を数多く執筆するようになり、廣介は、幼年童話を代表する作家になっていきます。

 小川未明(1882-1961)は、『未明ひらかな童話読本』【28】の「序」で「これまで、私が、主として書いたものは、文学としての童話であつて、それには必ずしも対象を成人と子供とに分ける必要がなく、何れにも理解されなければならぬ性質のものであるといふ見地から、別に年齢を問題にしなかつたのであります。」と書いています。明治・大正期の未明は、「童話」を一つのジャンル(小説や戯曲、詩、短歌、俳句などと並ぶ文芸の様式)ととらえて、対象年齢を考えずに書いていましたが、昭和期になると、読者の年齢を意識するようになり、カタカナやひらがなの幼年童話の書き手にもなったのです。

番号タイトル著者出版者出版年月
22子供之友 11(1) クリスマス及新年号婦人之友社1924.1
23童話集 川へおちた玉ねぎさん 
ほか十六篇
村山籌子/著
村山知義/装幀・さしえ
ニューフレンド1948.2
24良友 4(1)コドモ社1919.1
25童話文学と人生浜田廣介/著
初山滋/カット
集英社1969.2
*展示は初版4刷(1976)
26ひろすけ児童読本 1の1 3版浜田廣介/著 初山滋/画岡村書店1931.9
27ひろすけ童話読本 第1集浜田廣介/著
初山滋/装幀・挿絵
文教書院1924.11
*展示は13版
(1930)
28未明ひらかな童話読本小川未明/著 初山滋/装幀
黒崎美介/挿絵
文教書院1936.3
29一、 二ネン カタカナオトギ
(カナオトギ叢書  第1編)
下平廣惠/著 江島武夫/装画
巌谷小波/監輯
第一出版協会1922.6
*展示は13版(1925)
30ムシノ学校 カタカナ童話集大塚一仁/著四海書房1941.9
31一年生の童話 (学校家庭学年別 模範児童文庫  童話篇 1年生)模範児童文庫刊行会/編
倉橋惣三/監修 梅田寛・向山嘉章・伊達豊・濱田廣介/編輯 恩地孝/装幀 黒崎美介/挿絵
大阪宝文館、
文教書院/発兌
1928.12
32東亜児童親善童話 カタカナの巻童話作家協会/編
クロザキヨシスケ/[ほか]画
金の星社1939.5
33東亜児童親善童話 ひらがなの巻童話作家協会/編
川島はるよ/[ほか]画
金の星社1939.5

5. かなの童話の苦心

 カタカナ童話、ひらがな童話の単行本は、1920年代から刊行がはじまり、1960年代まで数多く出版されます。かなの童話(たいていは漢数字と少しの漢字まじり)は、カタカナ、ひらがなだけが読める幼い子どもに渡すテクストです。表音文字であるカタカナ、ひらがなは、子どもに読んであげる「声」、子どもが読む「声」とむすびついていきます。「声」は身体のつづき、いや、身体そのものですから、テクストは、豊かな身体性をおびることになります。

 「唯与へ放しでなく、先づ子供自身に読ませ、次に読んでやることが必要であります。つまり、文字としての言葉を、正しい音声としての言葉に還元してやることです。さうすると、言葉の力は更に増し、子供自身が読んだ時よりも、深さがもつと掘り下げられることゝ思ひます。」――これは、大塚一仁『ムシノ 学校』【30】の「あとがき」です。かなの童話は、幼い子どもたちをことばや文字の世界に招き入れるものでもありますが、そこで幼年童話のさまざまな試みも行われたのです。「かなしか わからない ひとに わかるように おもしろい おはなしを かくのが むつかしいので あります。」というのは、坪田譲治(1890-1982)のことばですが(『ねこと ままごと』【34】「ほん の はじめに」)、作家たちは、苦心を重ねました。

番号タイトル著者出版者出版年月
34ねことままごと坪田譲治/著
須田壽/そうてい・さしえ
アテネ出版社1949.7
35ひらかな童話集浜田廣介/著 中尾彰/装幀・挿画
大石哲路・西原比呂志/挿画
金の星社1954.6
36カタカナ童話集村岡花子/著
大石哲路/装幀・挿画
金の星社1940.7
*展示は7版(1941)

6. 幼年童話の作家たち その2

 小川未明に師事した童話作家、奈街三郎(1907-1978)が、1945(昭和20)年2月に山田三郎の本名で発表した「幼年童話の流域と今後の使命」(注7)に、つぎのようにあります。

 「それまでも、かたかなの短いお話風のものが、幼年雑誌にないわけではなかつたが、(この点、濱田廣介氏その他の人々が、ながい間こつこつと書きつづけてきたことを忘れてはならない。)昭和六年に、小川未明氏が初めてかたかなの短い童話を絵雑誌に発表されると、中堅も新人もひきつづいて、幼年童話を書きだした。それまで、カタカナものとして軽視され、あるひは全然省られなかつた幼年童話も、やうやく文学の一ヂヤンルとして、童話作家の真剣な注目を浴びることになつた。」(カッコ内原文)

 山田三郎が未明につづいて幼年童話を書き出したとした作家には、都会風な感覚の山田自身(奈街三郎)をはじめ、善意の物語の柴野民三、童謡詩人でもある与田凖一や佐藤義美らをあげることができます。

(注7) 日本少国民文化協会編『少国民文化論』年刊Ⅰ所収

番号タイトル著者出版者出版年月
37少国民文化論日本少国民文化協会/編
青山二郎/装幀
国民図書刊行会1945.2
38コドモノクニ 11(1)東京社1932.1
39ねずみ花火 幼年童話集柴野民三/著
茂田井武/絵
新子供社1949.10
40カタカナ科学童話 ヒカリトソラマメ与田凖一/著 恩地孝四郎/装幀 清原齊・松井行正・野口昂明・安泰/挿絵紀元社1941.10
41とけいの3じくん
(雨の日文庫・第四集  14)
奈街三郎/作
箕田源二郎/さしえ
麦書房1958.11
42プークマ ウークマ
(新日本幼年文庫)
佐藤義美/著
脇田和/絵
帝国教育会出版部1942.1

7. 戦時下の絵物語と画家たち

 1941(昭和16)~1944(昭和19)年に帝国教育会出版部から刊行された『新日本幼年文庫』【43,47】全24冊は、詩人の百田宗治(1893-1955)が全体を企画編集しています。軍国主義的な色彩の濃い、この時期の児童文学・児童文化のなかでは、際立って芸術的なシリーズです。

 幼年童話の挿絵や装丁を担当してきたのは、初山滋(1897-1973)をはじめとする童画家たちでした。『新日本幼年文庫』には、脇田和(1908-2005)、恩地孝四郎(1891-1955)、谷中安規(1897-1946)らの洋画家や版画家が絵を描きました。彼らは、子どもを純粋無垢なものとして理想化する「童心主義」を背景にもつ「童画」とはちがう、大胆で新しい作風の人たちでした。

 幼年童話は、斬新な絵物語のシリーズ『新日本幼年文庫』や、『幼年倶楽部』【49】などの「幼年」を対象とする雑誌、『セウガク一年生』【50】『セウガク二年生』などの学年別雑誌といったメディアで展開していきます。

番号タイトル著者出版者出版年月
43正夫君の見たゆめ
(新日本幼年文庫)
佐藤春夫/著
谷中安規/画
帝国教育会出版部1943.2
44正夫君の見たゆめ
(複刻 絵本絵ばなし集) [複刻版]
佐藤春夫/著
谷中安規/画
ほるぷ出版1978.3
45ひらがなゑばなし 木馬のゆめ
(きんらんゑばなし叢書  第3編)
酒井朝彦/著
初山滋/装幀・挿画
金蘭社1930.1
*展示は12版(1940)
46ひらがなゑばなし 木馬のゆめ
(名著複刻 日本児童文学館 第一集 24) [複刻版]
酒井朝彦/著
初山滋/装幀挿画
ほるぷ出版1981.2
47マメノコブタイ
(新日本幼年文庫)
大木惇夫/著
恩地孝四郎/絵
帝国教育会出版部1941.10
48マメノコブタイ
(複刻 絵本絵ばなし集) [複刻版]
大木惇夫/著
恩地孝四郎/絵
ほるぷ出版1978.3
49幼年倶楽部 1(1) 創刊号大日本雄弁会講談社1926.1
50セウガク一年生 1(5)小学館1925.8

8. 「幼年童話」から「幼年文学」へ

 日本の子どもの文学は、敗戦後の1960年前後に、「童話」から「現代児童文学」へと転換します。「童話」は、詩的、象徴的なことばで心象風景を描く短編でした(小川未明の「赤い蝋燭と人魚」や宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を思い出してください)。もっと散文的なことばで、心のなかの景色ではなく、子どもという存在の外側に広がっている状況(社会)や、状況(社会)と子どもの関係を描く長編、それが「現代児童文学」です。敗戦後の社会のなかで、子どもの文学は、子どもたちに「戦争」や戦争を引き起こすこともある「社会」を語らないわけにはいかなくなりました。こうした新しい主題を語ることばとして、散文性の獲得がもとめられたのです。

 子どもの文学のそのような状況のなかで、幼年にむけても、社会性や散文性が取り込まれた作品が書かれるようになりました。いぬいとみこ(1924-2002)のペンギンの兄弟の成長物語『ながいながいペンギンの話』【52】は、散文的なことばで書かれた長編の幼年文学で、「童話」から「現代児童文学」への転換を先取りした作品です。この作品あたりから、幼年を読者対象とする「幼年童話」も、「幼年文学」へとかわっていきます。

番号タイトル著者出版者出版年月
51ちいさいモモちゃん松谷みよ子/著 菊池貞雄/さしえ
レオナルド工房/装本 太郎座/人形制作 
平松陽介/美術
講談社1964.7
52ながいながいペンギンの話
(ペンギンどうわぶんこ)
いぬいとみこ/著
横田昭次/そうてい・さしえ
宝文館1957.3
53ぼくは王さま (日本の創作童話)寺村輝夫/作 和田誠/絵理論社1961.6
54麦 <3>石井美子1953.12

9. 「童話伝統批判」と現代の幼年文学

 「現代児童文学」への転換は、1950年代に起こった「童話」を批判的に検討する議論(「童話伝統批判」)をとおして模索されました。

 石井桃子(1907-2008)らの『子どもと文学』【55】は、「童話伝統批判」を代表する著作の一つです。そこでは、小川未明の幼年童話「ナンデモ ハイリマス」が物語の発端を語ったにすぎないとして、浜田廣介の「泣いた赤おに」の書き出しがむちゃだとして否定的に評価されました。

 現代児童文学の成立期には、幼年文学にも特徴のある作品が登場します。小沢正(1937-2008)『目をさませトラゴロウ』【58】は、「自分とは何か」というアイデンティティの問題をあつかいます。寺村輝夫(1928-2006)『ぼくは王さま』【53】の最初の話「ぞうのたまごの たまごやき」は、ゾウの卵というあり得ないものを書くことによって、逆に、あり得るものは何かと突きつけてきます。神沢利子(1924-)『くまの子ウーフ』【62】には、「さかなには なぜ したがない」「ウーフは おしっこで できてるか??」と問いかけるタイトルの話が収められています。1960年代には、こうした問題提起的な作品がいくつもあらわれました。

 佐藤さとる(1928-2017)、松谷みよ子(1926-2015)、古田足日(1927-2014)、今江祥智(1932-2015)ら現代児童文学の出発期の作家たちも、それぞれ独自な幼年文学を創作しました。

番号タイトル著者出版者出版年月
55子どもと文学石井桃子・いぬいとみこ・鈴木晋一・瀬田貞二・松居直・渡辺茂男/著中央公論社1960.4
56幼年期の子どもと文学安藤美紀夫/著国土社1981.5
57幼い子の文学
(中公新書 563)
瀬田貞二/著中央公論社1980.1
58目をさませトラゴロウ
(童話プレゼント)
小沢正/作 井上洋介/カバー・さしえ
和田誠/そうてい
理論社1965.8
59ぷう ぷう機関誌 <1> 創刊号早大童話会幼年童話サークル「ぷう」1958.2
60ももいろのきりん
(世界傑作童話シリーズ  8)
中川李枝子/著
中川宗弥/え
福音館書店1965.7
61ありこのおつかい
(日本傑作絵本シリーズ)
いしいももこ/さく
なかがわそうや/え
福音館書店1968.12
62くまの子ウーフ
(ポプラ社の創作童話  11)
神沢利子/作
井上洋介/絵
ポプラ社1969.6
63ふらいぱんじいさん
(日本の創作幼年童話  5)
神沢利子/著
堀内誠一/絵
あかね書房1969.1
64いたどりシリーズ <3>いたどりグループ1959.7
65ちょうちょむすび 童話集今江祥智/作 長新太・宇野亜喜良・和田誠・田島征三/え実業之日本社1965.8
66うみのしろうま
(幼年絵童話)
山下明生/著
長新太/絵
実業之日本社1972.10

10. 幼年文学の危機と新しい可能性

 散文性を獲得した現代児童文学は、読者層の中心を一人の黙読で物語を楽しむ年ごろの子どもに引き上げました。1970年代以降は、性や死、家庭崩壊など一般の文学と共通する主題も描くようになります。読者はさらに年上に広がり、YA(ヤングアダルト)文学も生まれました。幼い子どもに声で読んであげる、幼い子どもが声に出して読む幼年文学は手薄な領域になっていきます。幼年期の読書は、より創造的になった絵本の読み聞かせが肩代わりしているのが現状です。これは、幼年文学の危機といえます。

 しかし、現在でも、幼年文学の新しい楽しい試みを見つけることができます。あまんきみこ(1931-)や森山京(1929-2018)らの「童話」の詩的性格をのこした作品にも、村上しいこ(1969-)や内田麟太郎(1941-)らのナンセンスにも魅力があります。石井睦美(1957-)や市川宣子(1960-)の作品は、いまを生きる幼い子どもたちに語りかける生き生きした声をもっています。

番号タイトル著者出版者出版年月
67大きい1年生と小さな2年生
(創作どうわ傑作選  1)
古田足日/さく
中山正美/え
偕成社1970.3
68ロボット・カミイ古田足日/さく
堀内誠一/え
福音館書店1970.3
69もりのへなそうる
(福音館創作童話シリーズ  [29])
わたなべしげお/さく
やまわきゆりこ/え
福音館書店1971.12
70きつねみちは天のみち
(子ども図書館)
あまんきみこ/著 いわさきちひろ/画 鳥越信/[ほか]編集委員大日本図書1973.9
71えんぴつたろうのぼうけん
(講談社の幼年創作童話  2)
佐藤さとる/著 竹川功三郎/絵
広瀬郁/装丁
講談社1976.7
72きいろいばけつ
(あかね幼年どうわ  33)
もりやまみやこ/作
つちだよしはる/絵
あかね書房1985.4
73図書室の日曜日
(わくわくライブラリー)
村上しいこ/作 田中六大/絵
脇田明日香/装丁
講談社2011.7
74ともだちのときちゃん
(おはなしのまど  5)
岩瀬成子/作 植田真/絵
椎原由美子/装丁
フレーベル館2017.9
75おともださにナリマ小たかどのほうこ/作
にしむらあつこ/絵
フレーベル館2005.5
76おさるのまいにち
(どうわがいっぱい  20)
いとうひろし/作・絵
田名網敬一/装丁
講談社1991.5
77トラベッド
(福音館創作童話シリーズ)
角野栄子/さく
スズキコージ/え
福音館書店1994.6
78ねこじゃら商店へいらっしゃい
(だいすきBOOKS 6)
富安陽子/作
井上洋介/絵
ポプラ社1999.5
79ふしぎの森のヤーヤー内田麟太郎/作
高畠純/絵
金の星社2004.9
80願いのかなうまがり角岡田淳/作 田中六大/絵
渋川育由/装幀
偕成社2012.6
81ひとりでよめたよ!幼年文学おすすめブックガイド200大阪国際児童文学振興財団/編評論社2019.6

国際児童文学館の入口の展示ケース
番号タイトル著者出版者出版年月
82幻燈会 (幼年玉手函  第4編)漣山人/著博文館1894.4
83コドモノクニ 5(6)東京社1926.6
84カタカナ童話集小川未明/著
吉沢廉三郎/装幀・挿画
金の星社1939.10
85日本幼年童話全集 第1巻
童話篇1
巌谷小波/[ほか]著 いわさきちひろ/口絵・さしえ 高橋秀/挿絵河出書房1955.6
86すみれちゃん石井睦美/作
黒井健/絵
偕成社2005.12
87きのうの夜、おとうさんがおそく帰った、そのわけは…市川宣子/作
はたこうしろう/絵
ひさかたチャイルド2010.3
参考文献

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