本蔵-知る司書ぞ知る(115号)
更新日:2024年5月20日
本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。
2024年5月20日版
今月のトピック 【佐藤春夫】
5月6日は「春夫忌」。今年、2024年は佐藤春夫(1892年~1964年)の没後60年です。
佐藤春夫は詩人、小説家、評論家など、その活躍は多岐にわたります。
また、太宰治や檀一雄といった著名な門人も多く、「門下三千人」と称されました。
そこで今回は「佐藤春夫」をテーマに本を紹介します。
『田園の憂鬱』(佐藤春夫/作 岩波書店 2022.9)
佐藤春夫の代表作です。男が妻や2匹の犬たちと武蔵野の田園に移り住むところから始まります。そして芸術の世界を志す男が抱く倦んだ心の内、その憂鬱が語られます。あわせて男を取り巻く自然の風景が、微に入り細を穿ち描かれています。
『開化の殺人:大正文豪ミステリ事始』(中央公論新社/編 江戸川乱歩/[ほか著] 中央公論新社 2022.3)
『中央公論 秘密と開放号』33(8)臨時増刊(1918)に掲載された作品の中から、創作七篇、随筆二篇が収録されており、佐藤春夫の著作は「指紋」が収録されています。
また佐藤春夫による「「指紋」の頃」という文章も収録されており、そこで佐藤は「僕は時々人から探偵小説を書けといって勧められる。(中略)僕に「指紋」という作があるからだろうと思う。」と書いています。
『舞台文豪とアルケミスト余計者ノ挽歌(エレジー)戯曲ノ書』(舞台「文豪とアルケミスト」製作委員会/監修 小学館 2020.9)
漫画・アニメ、ゲームなどが舞台化・ミュージカル化されることがありますね。ご紹介するこの本はゲーム「文豪とアルケミスト」が舞台化された第1作めの戯曲です。「文豪とアルケミスト」では侵蝕者から文学書を守るために、転生した文豪たちが戦います。舞台化された第1作めの主人公は太宰治ですが、佐藤春夫も登場します。佐藤春夫と太宰治や芥川龍之介とのやりとりを戯曲で読めるのが楽しいです。
今月の蔵出し
『きょうも料理:お料理番組と主婦葛藤の歴史』(山尾美香/著 原書房 2004.5)
本書は、多くの人の「いい主婦」「いいお母さん」や「家庭料理」のイメージが、どのように作られていったのかを、料理番組や料理本などの記述から検証する本です。番組制作者の言葉や雑誌に掲載された読者のコメントにより、当時の世相や人々の意識の変化をよく知ることができます。著者が専業主婦として生活し、毎日のご飯づくりに奮闘した経験から、「THE家庭料理なんてものはない」、「家庭というファンタジー」と言い切るところも実にさっぱりとしていて、小気味よく、共感する人は多いのではないでしょうか。
そもそも江戸時代の食事は、朝は飯とみそ汁・昼は冷飯に野菜または魚・夕は茶漬に香の物でした。昭和初期にかけても、農村部の食事にあまり変化はなく、一汁一菜のスタイルのままです。
一方で、「職住分離」により「主婦」は広く一般的な存在になるとともに、「家庭」という夫婦関係中心のあらたな概念が登場します。また、「近代家族」と「家庭」の発明は、時の国家制度に都合よく組み込まれていきます。
家庭料理の世界に「家庭で料理を丁寧につくることが家族への思いやりである」とする記述が現れたのは、昭和初期のことです。この「料理イコール愛情」というイデオロギーは、このような社会的背景もあって、強固なものとなっていきます。
著者は、「理想の家庭は明治期からほとんど変わっていない」といいます。
でも、「家庭料理イコール愛情」という、たかが100年ほどの思い込みから、そろそろ解放されてもよいのではないでしょうか。野菜を切る時間より、家族とコミュケーションをとる時間の方が大切です。発刊から20年、世の中にはそうできるアイテムがあふれてきました。「やっとそんな時代がきたな」、本書をあらためて読み返し、つくづくと思う今日この頃です。
【金木犀】
『江戸の借金:借りてから返すまで』(荒木仁朗/著 八木書店出版部 2023.5)
私事ですが、学生時代とある自治体で古文書を整理するアルバイトをしていました。
未整理の古文書を1点ごとに番号を取り、目録に題名や作成者などの情報をひたすら入力していくのですが、特に多かったものが土地やお金の貸し借りなどについて書かれたいわゆる証文の類です。
本書はそうした江戸時代に作成された証文を題材とした1冊です。
筆者は現在の神奈川県小田原市周辺に残された古文書を中心に分析を行っています。
ひとくちに借用証文といっても種類も様々です。本書では冒頭で証文を6種類に類型化しています。その上で、借金がはじめ口約束から始まり、金額が大きくなるにつれ返済の条件が変わり、それに伴い作成される文書の形式も変わることを示しています。また借用証文の形式も江戸時代を経るにつれ、変化が見られます。
様々な古文書が史料として掲載されていますが、取り上げられていた中で印象的だったのが1724(享保9)年に堀之内村(現:小田原市)で作成された土地の売買に関する文書です(p.149-152)。
砂に埋まり、誰も買い手がつかない土地を3年で流地(期限が過ぎると質流になること)という条件をつけ、22両2分で売買したとあります。取引される土地の条件に対してかなりの高額です。
当時、周辺では富士山の噴火や河川の氾濫などが頻発していました。筆者は買い手のつかない「生産力のない土地」をあえて買い上げたことは困窮にあえぐ百姓を救済する目的があったのではないか、と推測しています。
こうした事例を見ると江戸時代の借金は現代の私たちがイメージするものとは異なるあり方が見えてきます。
本書は研究書の体裁がとられていますが、文中にコラムが挿まれ、各章のまとめには「現代風にいえば・・・」といった言い換えがあるなど、研究者でなくてもわかりやすく読んでもらうための工夫が見られます。
お金や土地の貸し借りに関する古文書を通じて江戸時代の村のありようを見つめることができる1冊です。
【スペラン】