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大阪府立中央図書館 国際児童文学館 企画展示「日本児童文学 戦後80年のあゆみ」【解説・展示資料一覧】

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目次

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はじめに

 ことし(2025年)、日本は、「戦後80年」をむかえました。
 1945(昭和20)年8月、広島、長崎に原子爆弾が投下され、「十五年戦争」ともいわれる長い戦争が終わりました。
 敗戦後の社会のなかで、児童文学者たちは、子どもたちに何をどのように書こうとしたのでしょうか。80年のあゆみを国際児童文学館所蔵のさまざまな書籍や雑誌を紹介しながらたどります。童話・児童文学を中心に展示し、詩やノンフィクションなどには手がおよばなかったことを、あらかじめ、おことわりします。

※解説文中に出てくる【 】内の数字は、資料展示リストの通し番号です。

1.まず、雑誌からはじまった。

 『童苑』【1】は、大正の末に発足した、早稲田大学の学生サークル、早大童話会の機関誌です。同大学出身の童話作家、小川未明(1882- 1961)や坪田譲治(1890- 1982)、浜田廣介(1893- 1973)が顧問として名をつらねていました。
 『童苑』学徒出陣号は、1943(昭和18)年9月、法文系学生の徴兵猶予停止が報じられたあと、にわかに刊行が準備されました。会員だった前川康男(1921- 2002)や今西祐行(1923- 2004)らが童話を書き残して出征したのです。後年、前川康男は、「何かとてつもない絶対の締切日にみんな責立てられていたのだ。」と記しています(「二冊の童話集」)(注1)。「遺書のつもりで書いた」(同前)前川の童話は、出征直前の重苦しさを心象の汽車のなかの物語として描いた「夜汽車の話」です。前川は、中国から復員する船の甲板で、「童話で戦争を書こう。」(「三つめの岐点―わたしの童話―」)(注2)と考えたといいます。
 敗戦後間もない時期には、数多くの児童雑誌が創刊されました。1946(昭和21)年創刊の『赤とんぼ』【2】【3】『子供の広場』【4】『銀河』【5】【96】や、47年創刊の『童話教室』【6】、48年創刊の『少年少女』【8】など「良心的児童雑誌」と呼ばれるものです。『赤とんぼ』【3】に竹山道雄(1903- 1984)の「ビルマの竪琴」が連載されたりしましたが、いずれも、数年のうちに終刊をむかえます。この時期の雑誌に掲載された作品を振り返って、神宮輝夫(1932- 2021)はこう述べました。
 「専門的児童文学者たちは性急にすぎた。(中略)彼らは、ただ自分たちが民主主義の理念と考えるものを、図式的なかき方で子どもたちに提出した。そして、その理念そのものが、当時としてはまったく常識として一般に通用していた程度のものだった。」(「日本児童文学の歴史・戦後」)(注3)
 1946年には、会員39名で児童文学者協会が創立され、機関誌『日本児童文学』【9】も創刊されました。創刊号には、関英雄(1912- 1996)の「児童文学者は何をなすべきか」や小川未明の「子供たちへの責任」が掲載されています。
 1953(昭和28)年には、「一日一話」という読み聞かせる童話をのせた『母の友』【10】が創刊され、1963(昭和38)年には、坪田譲治主宰の童話雑誌『びわの実学校』【11】が創刊されます。

(注1) 『早大童話会35年のあゆみ』早大童話会 1960年5月
(注2) 『日本児童文学』 1970年3月
(注3) 福田清人他編『児童文学概論』牧書店 1963年1月所収

番号タイトル出版者出版年月
1童苑 <4> 学徒出陣号早稲田大学童話会1944.1
2赤とんぼ 1(1)実業之日本社1946.4
3赤とんぼ 2(3)実業之日本社1947.3
4子供の広場 1(1)新世界社1946.4
5銀河 1(1) 創刊号新潮社1946.10
6童話教室 <1>桐書房1947.1
7子どもの村 創刊号新世界社1947.6
8少年少女 1(1) <1>中央公論社1948.2
9日本児童文学[第1次] 1(1)<1> 創刊号(児童文学者協会/編輯)新世界社1946.9
10母の友 創刊号 <1>福音館書店1953.9
11びわの実学校 創刊号 (坪田譲治/編集)びわのみ文庫1963.10

2. 批評が拓くもの

 1953(昭和28)年、早大童話会の機関誌『童苑』を改題した『少年文学』【12】が発行され、巻頭には、「「少年文学」の旗の下に!」がかかげられました。いわゆる「少年文学宣言」です。以下が、その書き出し。
 「科学は常識によってさえぎられ、変革は権力によってはばまれる。発展と進歩の芽生えるところ、古きものは常に全力をあげてその歯車の前進をさまたげた。だが同時に、勝利は常に新しきものの側にかがやく。これは歴史の宿命であり、必然であった。
 いまここに、新しきもの、変革をめざすものが生まれた。「少年文学」の誕生、すなわち、これである。」
 早大童話会は、鳥越信(1929- 2013)、古田足日(1927- 2014)、神宮輝夫、山中恒(1931-)といった人たちの世代になっていました。彼らは、「従来の「童話精神」によって立つ「児童文学」ではなくて、近代的「小説精神」を中核とする「少年文学」の道を選」ぶと宣言したのです。
 この問題提起は、大正から昭和戦後にかけての「童話」を代表する作家たちの作品を批判的に検討しながら、新しい子どもの文学を模索する古田足日らの評論によって深められていきます。この時期の古田の仕事をまとめた第一評論集が、巻頭に書き下ろしの「さよなら未明――日本近代童話の本質」を置く『現代児童文学論』【14】です。
 「少年文学宣言」以降、児童文学批評が巻き起こした議論は、のちに「童話伝統批判」と呼ばれるようになりますが、この議論には、さまざまな立場の発言がくわわりました。代表として、佐藤忠男「少年の理想主義について―『少年倶楽部』の再評価―」【13】と石井桃子(1907- 2008)らの『子どもと文学』【15】)をあげます。
 1950年代の「童話伝統批判」をささえた問題意識は、つぎの三つだと考えられます。
①「子ども」への関心――児童文学が描き、読者とする「子ども」を、生き生きしたものとしてつかまえなおす。
②散文性の獲得――童話の詩的性格を克服する。
③変革への意志――社会変革につながる児童文学をめざす。(注4)

(注4) ①②③は、それぞれ、当時の評論のタイトルや評論のなかのことば。古田足日「子どもへの関心」(『日本児童文学』 1957年2-3月号)、古田「散文性のかく得」(『小さい仲間』 1954年7月)参照。「変革への意志」は、神宮輝夫が「戦後児童文学の位置づけ」(『日本児童文学』 1967年10月)などでいったことです。

番号タイトル著者出版者出版年月
12少年文学 <19> 早大少年文学会1953.9
13思想の科学 <3>「思想の科学」編集委員会/編中央公論社1959.2
14現代児童文学論 :近代童話批判古田足日/著くろしお出版1959.9
15子どもと文学石井桃子/著 いぬい・とみこ/著 鈴木晋一/著 瀬田貞二/著 松居直/著 渡辺茂男/著中央公論社1960.4

3. 「現代児童文学」の出発

 「童話伝統批判」をへて、日本の子どもの文学は、詩的・象徴的なことばで心象風景を描く「童話」(小川未明の「赤い蝋燭と人魚」や宮沢賢治(1896 -1933)の「銀河鉄道の夜」を思い出してください)から、もっと散文的なことばで、心のなかの景色ではなく、子どもという存在の外側に広がっている状況(社会)や、状況(社会)と子どもの関係を描く「現代児童文学」へと転換します。詩的なことばで書かれる「童話」のほとんどは短編ですが、散文的な「現代児童文学」は長編化します。
 敗戦後の日本の子どもの文学は、子どもたちに「戦争」も戦争を引き起こす「社会」も語らないわけにいかなくなってしまいました。こうした新しい主題を、「童話」の詩的で象徴的なことばで語るのはむずかしく、散文性の獲得がもとめられたのです。「童話伝統批判」は、新しい主題をどうしたら語れるかと考えたときの「童話」の断念、「童話」との訣別であったと思われます。
 1957(昭和32)年刊行のいぬいとみこ(1924- 2002)『ながいながいペンギンの話』【17】や、1959(昭和34)年刊行の佐藤さとる(デビューのときは暁、1928- 2017) 『だれも知らない小さな国』【20】、いぬいとみこ『木かげの家の小人たち』【18】などによって、「現代児童文学」のすがたが見えてきます。『ながいながいペンギンの話』【17】は、ペンギンのふたごの誕生からはじまって、散文によって順々に書いていく、ながいながい幼年文学になりました。1959年の二つの作品は、いずれも小人の登場する長編のファンタジーで、どちらも戦争体験が下じきになっています。これらによって、「童話」とはちがう「現代児童文学」が成立したと考えられます。
 1960(昭和35)年刊行の山中恒『赤毛のポチ』【21】は社会主義的なリアリズム、松谷みよ子(1926- 2015)『龍の子太郎』【22】は民話の再創造、今江祥智(1932- 2015)『山のむこうは青い海だった』【30】はタイトルによくあらわれているようなリリカルな文体の少年小説で、それぞれ趣きの異なる作品ですが、共通項を引き出すこともできます。子どもをめぐる問題を描きながら、その問題は子どものもつエネルギーで必ずのりこえられるという考えでつくられていることです。これは、児童文学の「理想主義」「向日性」と呼ばれる思想です。
 1960年代には、中川李枝子(1935- 2024)『いやいやえん』【24】、寺村輝夫(1928- 2006)『ぼくは王さま』【23】、小沢正(1937- 2008)『目をさませトラゴロウ』【25】、神沢利子(1924-)『くまの子ウーフ』【31】といった傑出した独自性をもつ幼年文学も書かれました。

番号タイトル著者出版者出版年月
16鉄の町の少年(少年長編小説)国分一太郎/著 市川禎男/口絵・挿絵新潮社1954.12
17ながいながいペンギンの話 (ペンギンどうわぶんこ)いぬいとみこ/著 横田昭次/そうてい・さしえ宝文館1957.3
18木かげの家の小人たちいぬいとみこ/著 吉井忠/装幀・挿画中央公論社1959.12
19だれも知らない小さな国 :新日本伝説佐藤暁/著コロボックル通信社1959.3
20だれも知らない小さな国 (児童文学創作シリーズ[第1期]  [3])佐藤暁/著 若菜珪/装本・さしえ 安野光雅/レイアウト講談社1959.8
21赤毛のポチ (少年少女長編小説)山中恒/著 しらいみのる/さしえ理論社1960.7
22龍の子太郎松谷みよ子/著 久米宏一/装本・さしえ 安野光雅/レイアウト 講談社1960.8
23ぼくは王さま (日本の創作童話)寺村輝夫/作 和田誠/絵理論社1961.6
24いやいやえん中川李枝子/さく 大村百合子/え福音館書店1962.12
25目をさませトラゴロウ (童話プレゼント)小沢正/作 井上洋介/カバー・さしえ理論社1965.8
26肥後の石工 (長編少年少女小説)今西祐行/著 井口文秀/装幀・さしえ実業之日本社1965.12
27宿題ひきうけ株式会社古田足日/作 久米宏一/絵理論社1966.2
28新版 宿題ひきうけ株式会社(新・名作の愛蔵版)古田足日/作 長野ヒデ子/絵理論社2001.12
29天使で大地はいっぱいだ後藤竜二/作 市川禎男/絵講談社1967.2
30山のむこうは青い海だった (今江祥智・ゆうもあ三部作  第1話) ※初版はシリーズ「少年少女長篇小説」 (1960.10)今江祥智/作 長新太/絵・装幀理論社1969.3
31くまの子ウーフ神沢利子/作 井上洋介/絵ポプラ社1969.6
32教室二〇五号 (創作少年少女小説)大石真/著 斎藤博之/絵実業之日本社1969.6
33長編小説 兎の眼灰谷健次郎/作 長谷川知子/そうてい・さしえ理論社1974.6

4. 児童文学と「戦争」

 日本の現代児童文学の特色の一つに「戦争児童文学」があります。「戦争児童文学」は、「反戦平和の願いを託した児童文学」で、「平和教育に熱心だった教師たちが、一九六〇年の安保反対運動などを経験する中で使用するようになった用語」、1963(昭和38)年ごろから使いはじめられたといいます(注5)。現代児童文学は、「戦争児童文学」を創造し、折々にそのありかたを考え直していく歴史をたどります。
 まず、戦争の記憶をもとにした長編の創作、竹山道雄の「ビルマの竪琴」と、壺井栄(1899- 1967)の『二十四の瞳』【35】が書かれました。竹山はドイツ文学者、壺井は小説家で、子どもの文学の世界にとってはアウトサイダーでした。壷井は、子どもの文学でもっとも早く原爆を書いた「石臼の歌」(『少女倶楽部』【34】1945年8-9月号)の作者でもあります。
 その後、戦争のさまざまな体験をもとにした作品が数多く書かれました。原爆を書いた大野允子(1931-)ほかの『つるのとぶ日:ヒロシマの童話』【37】、学童疎開を書いた柴田道子(1934- 1975)『谷間の底から』【36】、奥田継夫(1934-2025)『ボクちゃんの戦場』【43】、戦場での兵士の体験をもとにした長崎源之助(1924- 2011)『あほうの星』【39】、前川康男『ヤン』【40】などです。
 やがて、過去の戦争体験を語り伝えるのではなく、虚構のなかで戦争を書くことが新しく試みられるようになります。乙骨淑子(1929- 1980)『ぴぃちゃぁしゃん』【38】がその先駆的な作品です。
 ファンタジーやSFの手法で、戦争の全体像を描こうとしたのは、松谷みよ子『ふたりのイーダ』【41】、三木卓(1935- 2023)『ほろびた国の旅』【42】、那須正幹(1942-2021)『屋根裏の遠い旅』【45】などです。
 朽木祥(1957-)、中澤晶子(1953-)ら、敗戦後に生まれた作家が、戦争を「自分事」として描き、子どもたちの現在に届けようとすることも行われています。
 同じ敗戦国であるドイツの戦争児童文学『あのころはフリードリヒがいた』【46】、『弟の戦争』【48】なども翻訳され、読まれました。

(注5) 日本児童文学学会編『児童文学事典』(東京書籍 1988年4月)「戦争児童文学」の項目。執筆は関口安義。

番号タイトル著者出版者出版年月
34少女倶楽部 23(6) 大日本雄弁会講談社1945.9
35二十四の瞳壼井栄/著 森田元子/装幀・挿絵光文社1952.12
36谷間の底から柴田道子/著 鈴木義治/そうてい・さし絵東都書房1959.9
37つるのとぶ日 :ヒロシマの童話大野允子/著 御手洗旬江/著 宮本泰子/著 山口勇子/著 鈴木義治/装幀・挿絵東都書房1963.7
38ぴぃちゃぁしゃん (ジュニア・ロマンブック)乙骨淑子/作 滝平二郎/版画 長新太/表紙・函レイアウト理論社1964.3
39あほうの星(ジュニア・ロマンブック)長崎源之助/作 福田庄助/絵理論社1964.9
40ヤン (創作少年少女小説)前川康男/著 久米宏一/装幀・さしえ実業之日本社1967.9
41ふたりのイーダ (少年少女現代日本創作文学  1)松谷みよ子/作 朝倉摂/絵講談社1969.5
42ほろびた国の旅 (長編創作シリーズ)三木卓/著 赤羽末吉/そうてい・さしえ盛光社1969.5
43ボクちゃんの戦場 (JUNIOR LIBRARY)奥田継夫/作 しらいみのる/そうてい・さしえ理論社1969.12
44春駒のうた (少年少女/創作文学)宮川ひろ/著 北島新平/画偕成社1971.3
45屋根裏の遠い旅 (少年少女/創作文学)那須正幹/著 難波淳郎/画偕成社1975.1
46あのころはフリードリヒがいた
(岩波少年文庫3100)
ハンス・ペーター・リヒター/作 上田真而子/訳 岩淵慶造/さし絵岩波書店1977.9
47夏の庭 :The friends湯本香樹実/作福武書店1992.5
48弟の戦争ロバート・ウェストール/作 原田勝/訳徳間書店1995.11
49光のうつしえ :廣島 ヒロシマ 広島朽木祥/作 伊藤彰剛/装画講談社2013.10
50ひろしまの満月中澤晶子/作 ささめやゆき/絵小峰書店2022.6
51少年が見た戦争 (戦争文学セレクション 戦争がわたしたちを見つめている)宮川健郎/編 今日マチ子/カバーイラスト汐文社2025.1
52こわされたまち (戦争文学セレクション 戦争がわたしたちを見つめている)宮川健郎/編 今日マチ子/カバーイラスト汐文社2025.2
53戦火のあとで (戦争文学セレクション 戦争がわたしたちを見つめている)宮川健郎/編 今日マチ子/カバーイラスト汐文社2025.3

5. 「童話」を引きつぐもの

 あまんきみこ(1931-)のデビュー作、タクシーの運転手の松井さんが、ふしぎなことに出会う連作短編集『車のいろは空のいろ』【55】が刊行された直後に、古田足日が批判的な意見を述べています。
 「あの本の作品はすべて長編の出だしだと思った」(「現代のファンタジィを(1)」)(注6)
「(収録作品の一つ「くましんし」について―引用者注)くましんしのイメージは新鮮だが、タクシー運転手がそのくまと出あう、という創作方法はどうなのか。連続する人生の一部を切り取り、人生の一断面をのぞかせる、というこの方法は、過去の童話の方法であった。」(同前)
のちに、古田は、こう述べます。――「彼女(あまんきみこ―引用者注)は安房直子、立原えりかとともに、現代日本の「童話」を代表する。彼女たち三人は、ぼくの見方では小川未明の正統な後継者である。」(「あまんきみこメモ」)(注7) 古田は、かつて、評論「さよなら未明」(前掲)を書き、小川未明らの「童話」を克服して、新しい「現代児童文学」をデザインしようとしたのでした。
 しかし、古田は、こうも書いています。『車のいろは空のいろ』【55】の刊行から10年後のことです。
 「ここで一つあきらかにしておきたいのは、いわゆる少年文学宣言及び、ぼくの『現代児童文学論』に共通のあやまりがあったことである。それは「童話」を死滅するものと考えた点である。今のぼくは、時代の発展につれて新しい表現形態が生み出され、前代の表現形態と共存していくもの、と考えている。ただし、このことが少年文学宣言、『現代児童文学論』のすべてを否定するものではないことは、いうまでもない。」(「童話・小説の流れ その問題点」)(注8)
  現代にも、死滅しなかった「童話」の系譜があります。斎藤隆介(1917- 1985)は、民話ふうの創作で民衆を描くことをとおして、「変革」の思想を語りました。
  「私たちは、宮沢賢治のかなりたくさんの作品が、正しい意味で、子どものための文学であり、それが大人をさえ楽しませることができたのだと信じます。」として、宮沢賢治の童話を再発見したのは、石井桃子らの『子どもと文学』(前掲)でしたが、賢治の原稿に立ち戻って、推敲の過程なども明らかにした画期的な仕事が『校本 宮澤賢治全集』【57】です(のちに、『新校本 宮澤賢治全集』も刊行されました)。子どものための賢治童話集や絵本もさかんに刊行されます。

(注6) 『学校図書館』 1968年7月
(注7) 『国語の授業』 1986年2月
(注8) 日本児童文学者協会編『児童文学の戦後史』東京書籍 1978年12月所収

番号タイトル著者出版者出版年月
54ベロ出しチョンマ :斎藤隆介・創作童話集 (理論社の愛蔵版わたしのほん) ※展示は第3刷(1968.11)斎藤隆介/作 滝平二郎/そうてい・さしえ理論社1967.11
55車のいろは空のいろ (ポプラ社の創作童話  3)あまんきみこ/著 北田卓史/絵ポプラ社1968.3
56風と木の歌 (少年少女短編名作選)安房直子/著 司修/絵実業之日本社1972.5
57校本 宮澤賢治全集 第10巻 童話 4宮澤賢治/著 宮澤清六/ [ほか]編纂筑摩書房1974.3

6. ファンタジーのぼうけん

 1958(昭和33)年、瀬田貞二(1916- 1979)がこう書きました。
 「空想的な創作童話に対して、仮りに「空想物語」とでもいう言葉をはっきりと定義づけて使いたい。英米の児童文学評論を読んでみると、フェアリ・テールズを民話の概念におさめて、空想物語の意味での童話をファンタシー(ママ)と呼んでいるようで、ファンタシー(ママ)をちゃんとした一個のジャンルの名称にしたてている。」(「空想物語が必要なこと」)(注9)
 このようにして、文芸のありかたとしての「ファンタジー」という概念が持ち込まれました。
  瀬田も執筆メンバーのひとりだった、石井桃子らの『子どもと文学』(前掲)の第二部「子どもの文学とは?」には、「ファンタジー」という章が立てられ、ファンタジーとは何か、どのような作品があるかなどが述べられています。このなかにも記されていますが、『子どもと文学』が参考にしたのは、カナダの児童図書館員、リリアン・スミスの著書『児童文学論』【58】です。スミスは、ファンタジーとは「目に見えるようにすること」という意味のギリシア語だとしています。
 現代児童文学を出発させた佐藤さとるの『だれも知らない小さな国』【20】(前掲)や、いぬいとみこの『木かげの家の小人たち』【18】(前掲)は、ふつうの世界に、小人というふしぎなものが投げ込まれてきたファンタジーで、「エブリデイ・マジック」とも呼ばれるタイプです。
 その後、斎藤惇夫(1940-)、神沢利子、安藤美紀夫(1930-1990)、天沢退二郎(1936- 2023)、柏葉幸子(1953-)、末吉暁子(1942- 2016)、角野栄子(1935-)、斉藤洋(1952-)、岡田淳(1947-)、富安陽子(1959-)らが、それぞれ魅力的なファンタジー世界を創り出します。浜たかや(1935- 2024)や、上橋菜穂子(1962-)、荻原規子(1959-)らは、神話的ともいえるファンタジーの書き手です。上橋菜穂子と角野栄子は、詩人のまど・みちお(1909- 2014)につづいて、国際アンデルセン賞作家賞を受賞しました。
 舟崎克彦(1945- 2015)・舟崎靖子(1944- 2020)の共作『トンカチと花将軍』【60】や、三田村信行(1939-)の『おとうさんがいっぱい』【65】は、ナンセンス児童文学という、むずかしい仕事を成功させた作品です。

(注9) 『日本児童文学』 1958年7-8月号

番号タイトル著者出版者出版年月
58児童文学論リリアンH.スミス/著 石井桃子/訳 瀬田貞二/訳 渡辺茂男/訳岩波書店1964.4
59グリックの冒険 (新少年少女教養文庫  27)斉藤惇夫/作 薮内正幸/画牧書店1970.2
60トンカチと花将軍 (福音館創作童話シリーズ)舟崎克彦/[共]作・さし絵 舟崎靖子/[共]作福音館書店1971.2
61でんでんむしの競馬 (少年少女/創作文学)安藤美紀夫/著 福田庄助/画偕成社1972
62銀のほのおの国神沢利子/さく 堀内誠一/え福音館書店1972.11
63光車よ、まわれ! (ちくま少年文学館  4)天沢退二郎/著 司修/装幀・さしえ筑摩書房1973.4
64霧のむこうのふしぎな町 (児童文学創作シリーズ)柏葉幸子/作 竹川功三郎/絵講談社1975.10
65おとうさんがいっぱい (理論社のロマン・ブック)三田村信行/著 佐々木マキ/絵理論社1975.5
66星に帰った少女 (長編創作童話)末吉暁子/著 赤星亮衛/画偕成社1977.3
67魔女の宅急便 (福音館創作童話シリーズ)角野栄子/作 林明子/画福音館書店1985.1
68火の王誕生 (偕成社の創作文学  62)浜たかや/著 建石修志/絵偕成社1986.3
69ルドルフとイッパイアッテナ (児童文学創作シリーズ)斉藤洋/作 杉浦範茂/絵講談社1987.5
70空色勾玉 (Best Choice)荻原規子/作福武書店1988.8
71クヌギ林のザワザワ荘 (あかね創作文学シリーズ)富安陽子/作 安永麻紀/絵あかね書房1990.6
72ふしぎな木の実の料理法 (こそあどの森の物語  1)岡田淳/作・絵理論社1994.12
73精霊の守り人 (偕成社ワンダーランド 15)上橋菜穂子/作 二木真希子/絵偕成社1996.7

7. 「現代児童文学」の変容とYAの隆盛

 1959(昭和34)年、石井桃子は、「子どもから学ぶこと」(注10)と題したエッセイで、「読んでやったり、口で話したりできないお話は、子どもにはおもしろくない」と述べました。そして、佐藤さとる『だれも知らない小さな国』【20】を「日本の創作童話にめずらしい筋の通ったファンタジー」としながら、実際に読み聞かせてみると、「佐藤さんが、念を入れてコロボックル(作中に登場する小人―引用者注)の出てくる山を、春秋夏冬にかえて、その情景を描写しているあいだ、子どもたちは、モゾモゾとからだを動かし、ひとりは、そっと出てゆきました。」と書いたのです。

 『だれも知らない小さな国』【20】刊行直後の批評です。石井桃子は、読み聞かせをとおして作品を批判しましたが、佐藤さとるのほうは、黙読で物語を楽しむ十代の子どもたちを読者として意識していたでしょう。ここには、日本の子どもの文学の分かれ道があります。音読する「声」とわかれた、佐藤さとる以降の現代児童文学は、読者層の中心を年上の子どもへと移動させ、黙読される書きことばとして緻密化していきます。そのことによって、さまざまな主題を深めることにもなったのです。(同時に、これは、「声」で読んであげる幼年のための文学を空洞化させることにもつながりました。)

 それまでは子どもの文学から遠ざけられていた「性」や「死」や「離婚」といった問題を、人間の本質にかかわるものとして、むしろ積極的に書きはじめたのは、1970年代の後半でした。少なくとも、あつかわれる主題という点では、「児童文学」は、「文学」とあまり変わらないものになっていきます。

 1980(昭和55) 年、那須正幹の長編『ぼくらは海へ』【75】は、小学6年生たちの夏の物語です。彼らは、受験や家庭崩壊などに直面している自分たちの心を投げ込むように、船づくりに熱中します。やがて、ふたりが、その小さないかだで海へ出て、ひと月たっても帰りません。那須は、困難な現実をのがれて船出する少年たちを描いて、子どもをめぐる問題が子どものエネルギーで必ずのりこえられるかどうかはわからないということを書いたのです。児童文学の「理想主義」をいったん保留することにもなりましたが、これは、子ども読者を少し自由にしたかもしれません。『ぼくらは海へ』【75】は、現代児童文学の変質のしるしともいえます。

森忠明(1948-)の短編集『少年時代の画集』【77】は、子ども時代の「光」だけではなく、「影」の部分も描き出しています。「光」と「影」とで子ども時代の全体であることを示したのです。

皿海達哉(1942-)の『海のメダカ』【78】には、小学生のころから長く不登校をつづけている中学生が登場します。それなのに、勉強ができる彼のところに、中学校のツッパリたちがあつまって、勉強を教わるようになります。淡水で生きる小さなメダカが海をめざすというイメージのタイトルがあざやかです。

現代児童文学の変容後も、「理想主義」を守ろうとしたのは、1960年代に出発した後藤竜二(1943- 2010)でした。デビュー作『天使で大地はいっぱいだ』【29】以来の、子どもの一人称で、子どもの心情や論理を書いていく方法をより徹底させながら、紆余曲折をへるようにして、「理想主義」を実現しようと試みます。

江國香織(1964-)の『つめたいよるに』【80】や梨木香歩(1959-)『西の魔女が死んだ』【84】のように、「児童文学」と「文学」の境界をうすくしながら、しかし、すぐれた作品が書かれ、やがて、中高校生を読者とするYA(ヤングアダルト)の領域もひらかれていきます。森絵都(1968-)、いとうみく(1970-)、濱野京子(1956-)、魚住直子(1966-)、石井睦美(1957-)らは、幼年や小学生が読む作品も書きながら、YAの書き手でもあります。

那須正幹の『ズッコケ三人組』【74】シリーズや、原ゆたか(1953-)の『かいけつゾロリ』【81】シリーズなど、子ども読者の熱い支持をうけるエンターテインメントも刊行されました。

(注10) 『母の友』 1959年12月

番号タイトル著者出版者出版年月
74それいけズッコケ三人組 (こども文学館  3)那須正幹/作 前川かずお/絵ポプラ社1978.2
75ぼくらは海へ (偕成社の創作文学  27)那須正幹/作 安徳瑛/絵偕成社1980.2
76はれときどきぶた (あたらしい創作童話 13)矢玉四郎/作・絵岩崎書店1980.9
77少年時代の画集 (児童文学創作シリーズ)森忠明/著 藤川秀之/絵講談社1985.12
78海のメダカ皿海達哉/著 長新太/絵偕成社1987.9
7914歳 ―Fight (現代の創作児童文学 38)後藤竜二/作 田中槙子/画岩崎書店1988.6
80つめたいよるに (理論社のあたらしい童話)江国香織/作 柳生まち子/絵理論社1989.8
81かいけつゾロリのドラゴンたいじ (ポプラ社の小さな童話  97)原ゆたか/さく・えポプラ社1987.11
82お引越し (Best choice)ひこ・田中/作福武書店1990.8
83おさるのまいにち (どうわがいっぱい  20)いとうひろし/作・絵講談社1991.5
84西の魔女が死んだ梨木香歩/著楡出版1994.4
85そして五人がいなくなる :名探偵夢水清志郎事件ノート(講談社青い鳥文庫  174―1)はやみねかおる/作 村田四郎/絵講談社1994.2
86バッテリー (教育画劇の創作文学)あさのあつこ/作 佐藤真紀子/絵教育画劇1996.12
87カラフル森絵都/作 長崎訓子/イラストレーション理論社1998.7
88十一月の扉高楼方子/著・本文カット 千葉史子/表紙装画リブリオ出版1999.9
89そのぬくもりはきえない岩瀬成子/著 酒井駒子/装画偕成社2007.11
90フュージョン浜野京子/著 板垣しゅん/装画・本文イラスト講談社2008.2
91園芸少年
※展示は第2刷(2009.9)
魚住直子/著 あずみ虫/装画講談社2009.8
92皿と紙ひこうき石井睦美/著 アンドーヒロミ/装画講談社2010.6
93チャーシューの月 (Green Books)村中李衣/作 佐藤真紀子/絵小峰書店2012.12
94じゅげむの夏最上一平/作 マメイケダ/絵佼成出版社2023.7
95真実の口いとうみく/著 坂内拓/装画講談社2024.4

8. 海外の翻訳作品

 敗戦後間もなく刊行された雑誌『赤とんぼ』【2】【3】には、創刊号から、ケストナーの「飛ぶ教室」の翻訳が掲載されました。雑誌『銀河』【96】には、同じくケストナーの「エーミールと軽わざ師」がのっています。訳者は、いずれも高橋健二(1902- 1998)。
 本格的な翻訳の出版は、1950(昭和25)年に刊行がはじまった『岩波少年文庫』からです。以下は、「岩波少年文庫発刊に際して」より。
 「もとより海外児童文学の名作の、わが国における紹介は、グリム、アンデルセンの作品をはじめとして、すでにおびただしい数にのぼっている。しかも、少数の例外的な出版者、翻訳者の良心的な試みを除けば、およそ出版部門のなかで、この部門ほど杜撰な翻訳が看過され、ほしいままの改刪が横行している部門はない。私たちがこの文庫の発足を決心したのも、一つには、多年にわたるこの弊害を除き、名作にふさわしい完訳を、日本に作ることの必要を痛感したからである。翻訳は、あくまで原作の真の姿を伝えることを期すると共に、訳文は平明、どこまでも少年諸君に親しみ深いものとするつもりである。」
  完訳など、その後の翻訳のありかたを方向づける文章です。
 よく読まれ、話題になった翻訳作品を紹介します。日本の作家たちに「児童文学」のあるべきモデルとして意識された作品も多く、さまざまな影響をあたえました。

番号タイトル著者出版者出版年月
96『銀河』1(2) 新潮社1946.11
97長い冬 上 (岩波少年文庫 103)ローラ・インガルス・ワイルダー/作 鈴木哲子/訳 G・ウィリアムス/さし絵岩波書店1955.9
98床下の小人たち (岩波少年文庫112)メアリー・ノートン/作 林容吉/訳 ディアナ・スタンレイ/さし絵岩波書店1956.3
99星の王子さま(岩波少年文庫53)サン=テグジュペリ/作 内藤濯/訳岩波書店1953.3
100エルマーのぼうけん (世界傑作童話シリーズ  2)ルース・スタイルス・ガネット/さく ルース・クリスマン・ガネット/え わたなべしげお/やく福音館書店1963.7
101長靴下のピッピちゃん ムーミン谷の冬 青二号―とびだせ(少年少女新世界文学全集  27 北欧現代編)川端康成/[ほか]監修 飯島淳秀/[ほか]編集 リンドグレーン/[ほか]作 尾崎義/[ほか]訳 松田譲/[ほか]口絵・さしえ講談社1964.12
102ライオンと魔女 (ナルニア国ものがたり  1)C.S.ルイス/作 瀬田貞二/訳 ポーリン・ベインズ/さし絵岩波書店1966.5
103トムは真夜中の庭でフィリパ・ピアス/作 高杉一郎/訳 スーザン・アインツィヒ/絵岩波書店1967.12
104太陽の戦士ローズマリー・サトクリフ/作 猪熊葉子/訳岩波書店1968.12
105クローディアの秘密E.L.カニグズバーグ/文と絵 松永ふみ子/訳岩波書店1969.10
106モモ (岩波少年少女の本  37)ミヒャエル・エンデ/作 大島かおり/訳岩波書店1976.9
107クラバート (現代のジュニア文学)オトフリート=プロイスラー/作 中村浩三/訳 ヘルベルト=ホルツィング/絵偕成社1980.5
108ガラスの家族キャサリン=パターソン/作 岡本浜江/訳 山野辺進/カバー絵・カット偕成社1984.10
109魔法使いハウルと火の悪魔 (空中の城 1)ダイアナ・ウィン・ジョーンズ/作 西村醇子/訳徳間書店1997.5
110ハリー・ポッターと賢者の石J.K.ローリング/作 松岡佑子/訳 ダン・ジュレシンジャー/表紙画・イラスト静山社1999.12

参考文献

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