本蔵-知る司書ぞ知る(127号)
更新日:2025年5月20日
本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。
2025年5月20日版
今月のトピック 【世界の記憶】
2025年4月17日、ユネスコの遺産事業の一つである「世界の記憶」に、増上寺(東京都港区)が所蔵する「三種の仏教聖典叢書」が登録されることが、正式に決定しました。(この事業の内容については、文部科学省が作成している「世界の記憶」のページが詳しいです)
こうした貴重な文書類は、研究者や団体等の手によって写真や活字の本として発行されることがあります。写真に撮られて本になったものは「影印本」(えいいんぼん)、活字にされて本になったものは「翻刻本」(ほんこくぼん)と呼びます。
(ちなみに当館が発行する『大阪府立図書館紀要』でも、大阪府立図書館が所蔵する古典籍を翻刻した記事が掲載されています)
今回の本蔵では、ユネスコの「世界の記憶」に登録された文書類の中でも、影印本や翻刻本として刊行された資料や、そうした文書類を閲覧・研究するのに役立つデータベースを紹介いたします。
『御堂関白記(陽明叢書)』(全5巻)([藤原道長/著] 陽明文庫/編 思文閣出版 1983-1984)
「御堂関白記」(みどうかんぱくき)は、平安時代中期、藤原氏の全盛期を築いた藤原道長(966-1028)による日記です。現存している道長の自筆本は14巻分、写本12巻分が京都の陽明文庫に所蔵され、日本の国宝に指定されています。2013年に「世界の記憶」に登録されました。
平安研究の基礎史料ですので、影印本・翻刻本もあるほか、外国語への翻訳や、全文データベース化(国際日本文化研究センターや東京大学史料編纂所がそれぞれ作成)もされています。
記事タイトルに紹介した「陽明叢書」の『御堂関白記』は影印本であり、全部で5巻あります。自筆本が前2巻・写本が後3巻に収録されています。
翻刻本としては、『大日本古記録 御堂関白記』(上・中・下)や『日本古典全集 御堂関白記』(上・下)があります。ただ、これらは漢文のままですので、現代語訳を読みたい方は『藤原道長「御堂関白記」 :全現代語訳(講談社学術文庫)』(上・中・下)もあります。
『東寺百合文書 1 イ函』(京都府立総合資料館/編 思文閣出版 2004.3)
「東寺百合文書」(とうじひゃくごうもんじょ)は、京都の東寺(教王護国寺)に収蔵されていた、平安時代から江戸時代初期にかけての約2万5千通の文書類です。詳しくは文化遺産オンラインのページの解説をご覧いただければと思いますが、日本の古代・中世の政治・経済・社会について知ることができる史料となっています。現在は京都府立京都学・歴彩館が所蔵しており、1997年に国宝に指定、2015年に「世界の記憶」にも登録されました。
文書の画像は、京都府立京都学・歴彩館が作成するホームページ「東寺百合文書WEB」で公開されています。ホームページの「文書をさがす」メニューを押すと探すことができます。
翻刻本も発行されています。この文書は約100の函に収蔵されており、それぞれの函にカタカナとひらがなが冠されています。2025年5月現在、カタカナの函が『東寺百合文書』(思文閣出版)として16巻、ひらがなの函が『大日本古文書』(東京大学史料編纂所)の叢書資料として19巻刊行されています。これらは現在も刊行が続いています。
さらに、東京大学史料編纂所のデータベースの一つである「古文書フルテキストデータベース」には、上記2種の翻刻本のフルテキストデータも収録されています。(一部は目次情報のみ)
『大正新脩大藏經 第1巻-第2巻 阿含部 上(一)』(大正一切經刊行會 1924.4)
最後は2025年に登録決定となった、増上寺(東京都港区)所蔵の「三種の仏教聖典叢書」についてです。これは仏教のお経(経典)などの聖典をたくさん集めてまとめた「大蔵経」というものであり、高麗版・宋版・元版の三種類の大蔵経が「世界の記憶」に登録決定となりました。
どんなものか見てみたい!となれば、増上寺のホームページ「浄土宗大本山増上寺所蔵三大蔵」にて、文書の画像が公開されています。目録検索のみならず、リスト型式で仏典を探すこともできます。
また、これらの三大蔵は、『大正新脩大蔵経』(大正一切経刊行会)の底本・校本として採用されています。『大正新脩大蔵経』は経典調査の基礎資料であり、「この経典の全文が読みたい」と図書館で尋ねられたときは、真っ先に思い浮かぶ資料です。当館では『大正新脩大蔵経』を中之島図書館にて所蔵していますが、国立国会図書館デジタルコレクションの送信サービスを利用することでも閲覧できます。以下は国立国会図書館サーチへのリンクです。
・『大正新脩大蔵経. 第1-85巻,図像第1-12巻,別巻第1-3巻,総目録』。
今月の蔵出し
『50万語を編む:「日国」松井栄一の記憶』(松井栄一/著 小学館 2024.4)
図書館の多くの本のうち「辞書」は心ひかれる本の1つです。利用者のみなさんの調べ物のお手伝いをするときにお世話になっている仕事道具、ということもありますが、膨大なことばの中から立項することばを選んで吟味を重ねた語釈と用例を付し、それを1語1語積み上げて大きな辞典に至る。その壮大な事業に、1冊1冊本を選び、整理して蔵書をつくっていく図書館の営みと似たものを感じ、励まされるような気がするからかもしれません。
この本は、日本唯一の大型国語辞典である、小学館『日本国語大辞典』(通称「日国」にっこく)の初版、第二版の編集委員をつとめた松井栄一(しげかず)氏が日国について述べたエッセイと、インタビューをまとめたものです。
日国は、1972年に刊行された初版が全20巻、2000年に刊行された第2版は全13巻と別巻からなり、50万語の見出し語と、100万に及ぶ用例を収録するまさに大辞典です。著者の祖父・松井簡治は大正期にかけて『大日本国語辞典』を生んだ学者です。次の辞典をめざし、簡治から子(著者の父)の驥(き)に、そして著者に残された8万枚ものカードが日国のもとになりました。この大辞典が、3代にわたり続けられた努力の結晶であることがよく分かります。
刊行に至るドキュメントはさながら「舟を編む」ですが、著者が強調してやまないのは、辞書のベースとなる用例の重要性です。できるだけ多くの用例を参照して言葉の意味を定め、用例をあわせて示すことで語釈からこぼれるニュアンスを伝えるとともに、その言葉がどの時代に、どのように使われていたかの証拠を示す。果てしない用例収集が日国の信頼性の根本にあり、読者もそれをたどることができるところが唯一の大辞典たる日国のすごさなのでしょう。
収められた文章やインタビューは、一番新しいもので2009年のものであり、著者は2018年に亡くなっています。日国の今後について、この本にははっきりしたことは書かれていませんが、昨年、小学館から2032年公開予定の第3版に向けたプロジェクトの開始が発表されました。デジタル技術を活用などがうたわれており、今後の展開に注目です。
最後に印象に残った一節を。辞書は、言葉の意味を知りたいときに引くもの、と思いますが、「辞書を読む」と題した芥川龍之介の文章が引用されています。
「辞書を読む事の好きな人は存外沢山ゐる。(中略)
断って置くが、これは勿論実際上の目的ばかりで読むのではない。(中略)
ほんたうに字引きを読む人は、語そのものが面白くて、読むのである。云はば植物学者が温室へはひつたやうな心もちで、字引きの中を散歩すると思へば間違ひない。かう云ふ人は、あをざけーあをだま-あをぢ-あをぢく-あをと-あをとかげと云ふやうな語の序列を感心したり、微笑したりしながら、眺めて行く。読んで行くと云ひたいが、どうも眺めて行くと云ふ方が適切なのだから、仕方がない。さうして珍しい語に逢着すると、子供が見たことのない花を見つけでもしたやうに嬉しがる。(後略)」(『芥川龍之介未定稿集』より)
著者は芥川のこの文章に深く共感し、「辞書というのは必要がなくてもときどき読み物として読むことがあります。そして、それに耐えられる辞書こそ本当にいい辞書なのではないか、と思うのです。」と言います。
書架に並ぶ本の背のタイトルを、温室のなかの植物学者のように1冊1冊、感心したり、微笑したりしながら、眺めて行く。「それに耐えられる」書架を持つ図書館こそ「本当にいい」図書館なのかもしれないと思ったり。
忙しい日常のなか、ひととき、図書館の本の森を、ことばの海を散歩してみませんか?
【Y】
『野生のロボット』(ピーター・ブラウン/作・絵 前沢明枝示/訳 福音館書店 2018.11)
嵐が過ぎ去った無人島に、箱に入った新品のロボットが1体流れ着きました。好奇心旺盛なラッコが偶然起動したロボットは自分を「ロズ」と名乗りました。
ロズは正常に機能し続けるようプログラムされていたので、生き残ろうと行動します。波を避けるため崖に上り、エネルギー(太陽光で充電されます)を節約するために眠りもします。
あるときナナフシから擬態を学んだロズは、島の風景に擬態しながら動物たちを観察し、動物たちの話し声が聞き分けられるようになりました。
自分たちの声を話すロズは動物たちにとっては怪物でしたが、あるできごとをきっかけにして心を開きだします。
ロズは人工知能と様々な情報を持ち、状況にあわせて判断し、話もします。感情はないはずのロボットですが、その行動は人間らしさにあふれていると感じます。今年(2025年)は「野生の島のロズ」という映画にもなりました。続編の『帰れ野生のロボット』もあわせて読んでもらいたい本です。
【oot】