大阪府立図書館

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本蔵-知る司書ぞ知る(98号)

更新日:2024年1月5日


本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2022年12月20日版

今月のトピック 【縁起菓子】

縁起を担ぐという行為は、時には未来に対しての控えめな願いであり、時には切実な祈りでもあります。節目を迎える時にもなにげない普段の日にも、そっと彩りと勇気と希望を添える縁起もののお菓子、世界中にこんなにあるんです。

福を招くお守り菓子:北海道から沖縄まで』(溝口政子/著 中山圭子/著 講談社 2011.11)

はっとするほど色鮮やかな縁起菓子が並び、地域の暮らしや行事と共に長く大事にされてきた様子が、ぎゅっと詰め込まれた本です。最初に府立中央図書館のある東大阪市の瓢箪山稲荷神社が取り上げられており、調査の幅広さがうかがえます。可愛らしいガイドブックにとどまらず、注釈・出典がきめ細やかで研究書としてもかなりの情報量です。図版・写真も豊富で、大阪府立中之島図書館所蔵の人魚洞文庫『巨泉玩具帖』(おおさかeコレクションで公開)の図版も随所に掲載されています。

スイーツ歳時記&お菓子の記念日』(吉田菊次郎/著 松柏社 2021.9)

多くの菓子研究書を手掛けた著者ですが、今回は記念日・節目と関連付けた本書をご紹介します。和洋問わず、季節の行事や人の営みとお菓子の関わりが取り上げられ、後半にはお菓子に関係する記念日(材料・野菜・飲料等も含む)が100ページ超にわたり収集されています。本文には写真・イラストが全くなく想像はむしろ膨らむばかり、すっきりと柔らかな短文は読みやすく、拾い読みのつもりがついつい読み進みます。長く製菓業界に関わる著者ならではの視点と香辛料的な言が効いています。

どんな国?どんな味?世界のお菓子 1 アジアのお菓子』(服部幸應/監修・著 服部津貴子/監修・著 岩崎書店 2005.4)

西洋菓子などに限定した研究書はしばしばありますが、アジアやアフリカなど全世界にまたがり、縁起菓子・伝統菓子を一堂に並べたものはなかなか見あたりません。このシリーズ全6巻は児童書で、伝統的に大切な意味を持つお菓子を中心に取り上げています。いわれについてはあまり詳しく書かれていませんが、写真が多く実際に家庭で作ることができるという面白さがあります。それぞれのお菓子について興味を持たれた方は、さらに各地域の風習や食文化にふれた研究書を紐解いてみてはいかがでしょうか。

今月の蔵出し

花森安治選集 2 ある日本人の暮し』(花森安治/著 暮しの手帖社 2020.9)

2020年に神戸ゆかりの美術館で雑誌『暮しの手帖』を生み出した一人である花森安治の展覧会がありました。花森安治の美意識や、人が生きていくこと、暮らしていくことへの強い思いを感じる良い展覧会でした。

花森安治の本を紹介するにあたり、どの本にするか悩みましたが、昭和30-40年代に生きていた人々の暮らしの記録でもあるこの一冊にしました。

例えば「ぴーぴいのおっさん」という記事では、大阪市の東成区から布施辺りの深江界隈でわらび餅を売っていたおじいさんの生活が書かれます。古い建物が今でも多く残っている地区ですが、昭和の30年代の景色は全然違います。舗装されていない道路に、今はもうほとんど残らない木造建築の街並み。木製の陳列台が並ぶ市場の様子。かつての大阪の姿に思わず「こんな風だったのか」と、感心しました。

何よりおっさんと、ちょっとでもまけてほしい子どもたちとの往来での掛け合いは、その声が聞こえてきそうなほど。何十年たっても記事の中の人々の暮らしが蘇ったように感じられるのは、花森のジャーナリストとしての観察眼と、取材対象の人々に真摯に向き合った結果でしょう。読み進めるうちに、だんだんと他人の生活を覗く面白みだけでなく、営みの尊ささえ感じられます。

花森はかつて太平洋戦争について「だれもかれもがなだれをうっていったのは、一人ひとりが自分の暮らしを大切にしていなかったからだ」と語り、「暮らし」を第一に考えていた人です。この記事を通し暮らしを大切にするとはどういうことか、生きるとはどういうことかを描こうとしたのでしょう。現代に生きる私達は忙しさにかまけ、その「暮らし」をおざなりに考えてしまうことが多いけれど、立ち止まり、振り返るためにもぜひ読んでほしい本です。​

【もちづき】

本を読む人のための書体入門(星海社新書)』(正木香子/著 星海社 2013.12)​

​夏目漱石『吾輩は猫である』の冒頭部分を、4種の異なる書体で書き比べるところから、この本は始まります。まったく同じ文章ですが違う人の声で朗読されているような、不思議な感覚を覚えました。

本書は文筆家である著者が、幼少期から現在に至るまで、書体(活字、フォント)から受けた影響や感覚、考えを綴った本です。本やマンガ、広告、テレビのテロップなど、日々の暮らしで見かける文字を例に、書体の特徴や書体から生じる感情について、調査した文献や経験を基に書いています。

第1章で紹介される「淡古印」(たんこいん)は、マンガのホラー書体として知られる書体ですが、本来は1970年代終わりに印章業界(ハンコ屋さん)に向けて開発されました。初めてマンガに使用されたのは「週刊少年ジャンプ」(集英社)掲載『ドラゴンボール』(鳥山明/作)第1回の冒頭で、おそらく「アンティークな味わいを出したいという編集者の意図」により使われたと分析し、その後どうしてホラー書体となったかや、淡古印から怖さを感じる理由等を分析していきます。

著者は、「書体の名前を知らなくても、文字の印象の違いを感じることはできる」「たとえ文字のせいだとは気づかなくても、なんとなく伝わるものがあることがおもしろい」と気づき、文字を「記憶を読む装置」であると考察しています。

先の淡古印であれば、独特のかすれやにじみという字形の差異に加え、ホラー要素のある場面で使われ、それを繰り返し読む経験をすることで、怖いと感じた記憶が思い起こされている、という意味です。

書体を見分けられなくても、書体から何かを感じているかもしれないと心に留めながら、これからも本を読んでいきたいと思えた一冊でした。

【雫】


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