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本蔵-知る司書ぞ知る(56号)

更新日:2024年1月5日


本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2019年6月20日版

今月のトピック 【太宰治:同時代人の眼】

今年は近代文学を代表する作家のひとり、太宰治の生誕110年に当たります。それを記念し、当館では、企画展示「太宰治の文壇交遊録」と題して、太宰と同時代を生きた人々が〈太宰治〉について書いた記録、小説、随想などの関連資料も展示しています。今回は展示資料の中から、印象に残った短いエッセイ2篇を含めて、3点の資料をご紹介します。

みがけば光る』(石井桃子/著 河出書房新社 2013.9)

児童文学作家・石井桃子には「太宰さん」というエッセイがあり、戦時中に井伏鱒二を訪ねて来た太宰と出会った頃のことを回想しています。太宰没後、石井と井伏が太宰について話す場面は、井伏が書いた「をんなごころ」(『太宰治(中公文庫)』所収)という一篇の最後にも登場します。密かに石井に憧れながら伝えることなく終わった太宰の想いを、「太宰君、あなたがすきでしたね。」と呟いた井伏に、石井が答えた言葉が印象的。『太宰治』もあわせて、双方の視点から読んでみてください。

太宰治の魅力』(檀一雄/編 竹内良夫/[ほか]共著 大光社 1966)

本書は、太宰の親友で作家の檀一雄を囲み、太宰の弟子たちが“太宰愛”を語りつくす、太宰への「帰依の書」です。太宰といえば、師事した井伏鱒二や佐藤春夫など、先輩作家たちに甘え、ちゃっかり面倒を見てもらっている年下的印象が強いのですが、自らが師匠として若い弟子たちに相対するときは、誠実で面倒見の良い大人としてふるまっていたようです。門弟という立場の彼らだからこそ見ることができた太宰。その時々で万華鏡のように様相を変える〈人間・太宰治〉のある側面を見せてくれます。

橋川文三セレクション (岩波現代文庫)』(橋川文三/著 岩波書店 2011.12)

「太宰治の顔」という短い一篇は、若き日の政治思想家・橋川文三が、晩年の太宰治とのただ一度の邂逅を回想したエッセイです。太宰の言葉ではなく、顔の印象を延々と書いていて新鮮です。同時期に太宰と会った吉本隆明とは、のちに対談(『吉本隆明全対談4』所収)で互いの印象のずれについて語り合っています。「ぼくは、人間の優しさということを思うとき、その究極のイメージとしていつも太宰の顔を思い浮かべる。」と書いた橋川。言葉に惑わされず、曇りのない眼で、〈太宰治〉という人の本質を捉えていたのかもしれません。

(文中敬称略)

今月の蔵出し

図書館利用に障害のある人々へのサービス アクセシブルなEPUB版(JLA図書館実践シリーズ 37・38)』(日本図書館協会障害者サービス委員会/編 日本図書館協会 2019.2)

図書館は「すべての人にすべての図書館サービス・資料を提供すること」を念頭に置いてサービスを行っています。通常の紙資料では読書が困難な人のために図書館では点字図書、録音図書(DAISY図書*1)、大活字図書、LLブック*2などを提供しています。

本書は図書館の「障害者サービス」の基本テキストとして2018年8月に日本図書館協会から紙版が刊行されました。紙版は『図書館利用に障害のある人々へのサービス 上巻 利用者・資料・サービス編(JLA図書館実践シリーズ37)』『図書館利用に障害のある人々へのサービス 下巻 先進事例・制度・法規編(JLA図書館実践シリーズ38)』の2分冊です。この本ではすべての人々が図書館サービスを受けられる環境づくりのために必要な考え方、ツール、資料、サービスの実践、さらには関係する制度・法規にも言及しています。

今回、紹介するアクセシブルなEPUB版は紙版2冊を1枚のCDにまとめた電子書籍で、誰もがパソコンやタブレット端末、スマートフォンで利用できます。特徴としては、文字や図のサイズを大きくできるので弱視や高齢の人でも読むことができます。また、合成音声で読み上げすることができるので全盲の人や目が疲れて音声で聞きたい人にも利用できます。目次から見出しに、本文から脚注に、読みたい章や項目、ページごとに簡単に移動することができます。パソコンなどでは文字検索ができるので、探したい言葉の場所を素早く探すこともできます。図や写真には代替テキストで説明がついています。

アクセシブルなEPUB版はどなたでもお借りいただくことができます。紙とは違う読書体験を誰もが利用可能なアクセシブルなEPUB版の本書で一度、体験していただければ幸いです。

*1 詳細は当館DAISY図書所蔵目録を参照
https://www.library.pref.osaka.jp/central/taimen/daisy/index.html

*2 詳細は当館LLブック所蔵目録を参照
https://www.library.pref.osaka.jp/central/taimen/LL_book.html

【S】

シドロモドロ工作所のはじめてのお彫刻教室』(田島享央己/著 河出書房新社 2019.2)

ピエタと言えばミケランジェロの作品で有名な、キリストの遺体を腕に抱く聖母像のことですが、著者が制作した木彫りの小さなピエタ像は、イカがぐったりしたパンダを抱いていたり、タコが丸々太ったダイコン(先が力なく垂れている)を抱いていたりします。本書には、その他いろいろなポーズをとる生き物たちの彫刻作品が多数収載されていますが、常に凶暴なツラガマエで作られるネコを含め、とてもかわいく、とぼけた味わいのある作品ばかりです。

タイトルには「彫刻教室」とあるものの、作り方の本ではなく、既に売れて私蔵となったものを含む、著者の作品集であり、作品にまつわるエッセイ集でもあります。著者は仏師の流れを汲む彫刻一家の五代目だそうです。父祖から受け継いだという道具類は、素人にはとても扱えそうにない大がかりなものもあります。デッサンから完成まで、制作過程が紹介されているのは、パンダに、ちくわ。なぜ7万円もするという旋盤を使い、精魂を傾け、妻の冷たい視線を浴びながらちくわの彫刻を作るのか。凡人には量りかねる部分もありますが、他に豆腐やそうめんなども制作されています。

妻の存在感はとても大きく、解説からエッセイ、あとがきまで、随所に登場されます。「猫に蛸」像に付された解説には、完成した作品を妻に見せたところ、鼻で笑いながら一言「アンタの歳で板垣退助はもう刺されてんやで。」と言われたとあります。辛口な批評は作品ではなく、いつまでもコドモのココロを持ち続ける著者自身に向けられているようです。芸術家を夫とする苦労は並大抵のことではないのかもしれませんが、お二人のかけあいからは、お茶目でチャーミングな作品を生み出す基盤となっている、うらやましいほど仲のいい家庭の日常をうかがい知ることができます。

【雨蛙】


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