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本蔵-知る司書ぞ知る(53号)

更新日:2024年1月5日


本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2019年3月20日版

今月のトピック 【春に読みたい“桜の本”】

「願はくは 花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」と詠んだ西行法師が、その願い通りに河内の弘川寺で没したのは旧暦2月16日、満月の翌日のことでした。旧暦の「如月の望月」に当たるのは、今年は3月21日。まさに桜が咲き初めるこの時期に、当館では「桜(はな)の下にて春読まむ」と題して、西行も愛した桜の下で読みたい本をテーマに資料展示を開催中です。今回はその展示資料の中から3冊をご紹介します。

一本櫻百本』(竹内敏信/著 出版芸術社 2006.3)

誰もが一度は見てみたいと思いつつ、多忙な日々の中ではその最も美しい時期に出会うことが非常に困難な「一本桜」。本書は風景写真家・竹内敏信が、桜前線とともに日本全国の「一本桜」を追いかけて、その凛然たる姿を撮影した写真集です。群生しない唯一の桜であるが故に、「一本桜」のある風景はいつか必ず失われてしまう儚いもの。美しい桜の映像を簡単に見ることができる現代ですが、プロの写真家の目で切り取った最高に美しい一瞬の記録を堪能してください。

桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫)』(坂口安吾/ [著] 講談社 1989.4)

鈴鹿峠の山賊の男は、桜の森の花の下に立つと気が変になるような恐怖を感じながらも惹きつけられずにはいられませんでした。美しい女房にも同様の気持ちを抱きつつ翻弄され、彼は悪夢のような終焉へと向かっていきます。舞台となっている時代、咲いているのは山桜のはずですが、一色に塗り込められた森の、美しさのあまりに狂気じみた濃密な空気を感じさせる桜の描写は、闇夜でもともしびのように浮かぶ桜、他の一切の色が入ることを許さない染井吉野の桜花を思い浮かべるのがふさわしいのかもしれません。

美味しい櫻:食べる桜・見る桜・知る桜』(平出眞/編著 旭屋出版 2016.2)

花より団子の向きにはこちら。題名の通り、日本全国の桜スイーツを写真入りで紹介するだけでなく、桜の芸術から桜に関する蘊蓄まで、盛りだくさん。桜というと、桜餅などのスイーツや桜フレーバーのお茶等がメジャーですが、ここではフレンチ、イタリアン、中華などの本格的料理からシェイクやカクテルといった飲み物まで、レシピも充実。お花見に出かけなくても、桜でおなかも心もまんぷくになれそうな1冊です。

今月の蔵出し

月長石 (創元推理文庫)』(ウィルキー・コリンズ/著  中村能三/訳 東京創元社  1981)

振り返れば、推理小説ばかり読んできました。シャーロック・ホームズ、エラリー・クイーン、明智小五郎など、華麗な推理で事件の犯人を暴く名探偵の多くは、一風変わった個性的な人物として描かれています。謎解きだけでなく、キャラクターの面白さも、推理小説の魅力のひとつです。

一般的に世界初の推理小説といわれ、初めて探偵役を登場させたともいわれているのが、ご存じ、エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』(1841年)です。ポーはアメリカの作家ですが、イギリスでも、「もっともはやく書かれた、もっとも長い、もっともすぐれた推理小説」と称賛された作品があることをご存知でしょうか。

その作品は、ウィルキー・コリンズの『月長石(原題:The Moonstone)』(1868年)。 あるイギリス人が、「月長石」と呼ばれる巨大なイエロー・ダイヤモンドをインドの神殿から盗みだします。時は流れ月長石はとある女性の手に。現れる三人の怪しげなインド人。事件は起こり、月長石は忽然とその姿を消してしまいます。一体誰が盗んだのか?

コリンズは、『大いなる遺産』などを書いたチャールズ・ディケンズの盟友といわれた作家で、人物を特徴的に描き出すことに優れています。この作品も、ロビンソン・クルーソーを人生の指南書にしている老執事ベタレッジや、狂信的宗教家のクラック嬢など、個性的な語り手の視点で物語が進んでいきます。真相が明らかになっていく後半は、意外な展開もあり、謎解きと人間ドラマに引き込まれます。

また、この物語の探偵役カッフ部長刑事も、物静かな切れ者ですが、バラの話をしだすと止まらないという個性を持ち合わせており、これ以後登場する名探偵の系譜を感じさせます。

コリンズの代表作『白衣の女』(上)(1860年)は、連載当時爆発的な人気を博しました。推理小説ではありませんが、こちらも大変個性的な人物ばかりが登場します。ぜひ読んでみてください。

【在原】

犯罪』(フェルディナント・フォン・シーラッハ/著 東京創元社 2011.6)​

著者はドイツの弁護士で、実際にあった事件からアイデアを得て書いた小説が『犯罪』です。デビュー作にしてドイツの文学賞クライスト賞を受賞しました。

本書は短編集ですが、長い話を読んだかのような感覚が頭の中に残ります。短編のひとつ「フェーナー氏」は、町の誰もが尊敬する品行方正な医者の話です。主人公のフェーナー氏は平穏な人生を歩んでいますが、ほんの些細なことが引き金となって事件を起こします。そして、その品行方正ぶりがブレないまま結末に向かい、読者をほんの少し戸惑わせます。

文章が淡々としているため(翻訳の仕方も関係あるとは思いますが)、無意識のうちに行間を埋めながら読み進めることになります。そして物語を楽しむだけでなく、独特の描写によって自分自身についても考えさせられます。犯罪といっても、人間の中の何かが一瞬バランスをくずして起きただけのもののように感じ、自分のすぐ隣にあるような不思議な読後感にゾッとします。

私は海外小説が好きでよく読みますが、シンプルな文体なのに奥深く、なんとも言い表せない体験ができる本は初めてだと思いました。

読書は映画観賞などと似ていて、脳が現実から離れて別の世界にワープできるものだと思います。また、読書をとおして文化の違いを知ることが出来ます。ドイツの弁護士が書いた、罪を犯す瞬間に対して正しいとも正しくないとも言い切れないモヤモヤが心の中に広がっていく感じもおススメです。

【おすしちゃん】


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