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【デジタル展示】中之島風景

大阪府立図書館 > 大阪資料・古典籍 投稿 > 中之島 > 【デジタル展示】中之島風景


大都市の真ん中に位置し、ビジネス街であると同時に憩いの場でもある中之島は江戸時代から人々の集う場所でもありました。
この展示では古典籍に描かれた中之島の風景をご紹介します。

※書名をクリックすると「おおさかeコレクション」へリンクします。

『三大橋(浪花百景)』(国員画)【甲和/1086/#】

大川に架かる三つの橋、難波橋(手前)、天神橋(真ん中)、天満橋(奥)が描かれている。天神橋は大川に架かる大橋。天満宮(天神さん)への参詣にあたる道に架けられた橋であるところから名付けられた。天神橋は江戸期には難波橋、天満橋とともに浪華三大橋として公儀橋に指定された。

『浪華橋納涼(坂府新名所)』(貞信(二代)画)【378/369/#】

『浪花橋夕涼(浪花百景)』(国員画)【甲和/1086/#】

現在、難波橋は堂島川、中之島公園、土佐堀川にまたがって架かり、ライオン像を有することで知られている。江戸期には浪華三大橋として公儀橋に指定され、界隈には諸藩の蔵屋敷が建ち並びそれを取り巻くように問屋街が形成された。

『中の嶋蛸の松(なには百景の内)』(貞信(初代)画)【378/536/#】

『鮹の松夜の景(浪花百景)』(国員画)【甲和/1086/#】

中之島の久留米御蔵屋敷の浜にあった松。大樹老松で枝葉が四方に伸びてまるでタコの様子だったので名付けられた。『浪華の賑ひ』(暁鐘成/著 松川半山/画 河内屋喜兵衛 文久3)には月の夕べ、雪の朝には川面に写る松の姿が「雅俗きそひてこれを賞す」とある。木は明治10年(1877)頃に切り倒されたという。

堂島川に架かる橋。川幅が広く、両岸が諸大名の蔵屋敷というところに美しい太鼓橋が架かっており「風景絶唱」と称えられた。ここから南東にあるはずの天王寺の塔を真南にみることができ、「浪花の一奇観」とされた。

『淀屋橋初相場(花暦浪花自慢)』(初代芳豊画)【大和銀/192/#】

『堂島米市場(浪花十二景ノ内)』(芳光画)【甲雑/116/#】

淀屋橋は御堂筋に通じ、土佐堀に架かる橋。江戸時代の初めに豪商の淀屋が私費で架けたといわれている。その後、淀屋自体は五代目三郎右衛門の時に取り潰されてしまうが、その名は橋の名として残ることになった。堂島は蜆川と堂島川に挟まれた一帯をいう。堂島には米市場が開かれ、享保15年(1730)に米相場会所がつくられた。また諸藩の蔵屋敷も多く立地し商業の中心地となっていった。

『大坂中之島公園(大坂名所)』(1891)【291.63/918N】

明治24年(1891)、大阪市で初めて中之島が公園として整備された。当時のガイドブックは「塵煙の中此公園あり。身風塵を厭ふもの朝夕来遊其跡を絶えず、春夏秋の晩景は殊に人影動揺して其賑わひを盛んにす」と記す(『大阪新繁昌記』(島田薫/著 駸々堂 1896)p.38【378/1249/#】)。

関連ホームページ

第21回小展示 中之島風景・今昔
第87回小展示 シリーズ 観光の大阪展-旅行案内書[ガイドブック]に見る大坂 大阪 OSAKA 第4回 水都中之島のいまむかし

 

 

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