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国際児童文学館 資料展示 「かがやく<少年>探偵たち~子ども向け推理・探偵小説のあゆみ~」 解説

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年10月31日更新

A.はじめに

本年(2014年)は、推理・探偵小説を数多く執筆し、あらゆる世代に熱狂的な読者を獲得した江戸川乱歩の生誕120周年をむかえます。また、海外では怪盗紳士「アルセーヌ・ルパン」を世に送り出したモーリス・ルブランの生誕150年でもあります。

1923(大正12)年、乱歩は『新青年』編集長であり、多くの子ども向け探偵小説も創作した森下雨村らの激賞を受けて「二銭銅貨」でデビューします。その後、名探偵・明智小五郎のもと、小林少年が活躍する「怪人二十面相」「少年探偵団」などのシリーズをヒットさせ、当時の読者を熱狂させました。一連のシリーズは戦後も読み継がれて版を重ね、ラジオやテレビドラマ、映画化もされるなど不動の人気を得て今日に至っています。

一方、ルブランは1905(明治38)年に「アルセーヌ・ルパン」シリーズを発表、以降30年以上に渡ってシリーズを書き続けました。神出鬼没・変幻自在にして変装の名人、大泥棒だが紳士的で冷酷を好まないルパンの魅力的な人物造形は多くの読者を魅了、小説・児童文学・マンガやアニメ、映画など、ジャンルや枠を超えて日本のさまざまな物語に影響を与えたことはいうまでもありません。

推理探偵分野における、日仏を代表する二人の巨匠の作品は、今日に至る推理探偵小説の系譜に重要な足跡を残しています。それぞれの生誕から節目となる記念すべき年を迎え、国際児童文学館ではいつの時代も変わらぬ人気を誇るこの分野の作品を展示することで、わが国における子ども向け推理探偵小説の系譜と、各時代に愛読された作品の数々を紹介・顕彰することといたしました。

明治以降、今日に至る子ども向け推理探偵小説の歩みを辿りながら、これら文学の世界に親しんでいただければと存じます。

B.子ども向け推理・探偵小説の源流

日本の探偵小説は、明治期の黒岩(くろいわ)涙(るい)香(こう)の翻訳から始まるといわれます。
涙香は、千数百冊から選りすぐりの欧米探偵小説の紹介に努め、その文体の魅力で多くの読者を獲得、一時代を築きます。

涙香に続き、冒険小説や少年文学が台頭し、森田(もりた)思軒(しけん)や櫻井(さくらい)鷗村(おうそん)の翻訳が出て人気を博しますが、この流れの延長線上に押川春浪(おしかわしゅんろう)の作品が位置づけられます。代表作であり、圧倒的な人気を誇った『海底軍艦』(明治33年)は、当時の南進論をベースにした物語ですが、軍事冒険譚あるいはSFの先駆的な作品としても知られています。これらは子ども向けでもありましたが、読者対象としてはやや高い少年・青年層が主なターゲットであったと思われます。翌年、『海島探険 塔中の怪』(展示B-1)を刊行しました。

一方、子ども向けの探偵小説ではどうでしょうか。春浪に代わってあらわれ、いずれも大正期に活躍した作家に、三津木春影(みつぎしゅんえい)、永島永洲(ながしまえいしゅう)がいます。春影は、早大卒業後、小説から子ども向け作品を書くようになり、フリーマン、ルブランなどを初めて紹介します(展示A-2、B-5)。永洲は慶応を卒業後、『朝野新聞』を経て『時事新報』に移った新聞記者・作家で、児童雑誌編集にも携わりました(展示B-2~3)。両者いずれも子ども向け探偵小説の源流といえますが、春影の作品は探偵自身が少年ではなく、かつ翻訳であったのに対し、永洲の作は子ども自身が探偵として事件を解決に導くところに特徴がありました。作風は異なるものでしたが、とくに春影は広く読まれ、江戸川乱歩、横溝正史、甲賀三郎らは少年時代に愛読していたと語っています。

また、同時期には、森下雨村(もりしたうそん)の作品も発表されています。博文館の編集者であったため、郷里(高知県佐川町)をもじった「佐川春風(さがわしゅんぷう)」の名前で執筆した「少年探偵富士夫の冒険」(展示B-9)は『少年倶楽部』(講談社)に連載され、読者に好評を持って迎えられました。白井探偵局の助手として働く富士夫は、犯罪捜査にかけては天才というべき手腕を発揮、難事件を次々に解決します。

さらに、雨村に続いて少年探偵小説に力を入れたのが、科学的な捜査を行う職業少年科学探偵・塚原俊夫(つかはらとしお)を登場させた小酒井不木(こさかいふぼく)です(展示B-12)。12歳の俊夫は小学校を中退して独学で研鑽、さまざまな学問に精通します。フリーマンのソーンダイク博士が持ち歩く探偵鞄と同等のものを持ち、法医学の知識を生かして推理を行う俊夫は、科学的な物証だけでなく、心理的な罠もしかける恐るべき少年として描かれています。

このように、日本の子ども向け探偵小説は、はじめは大人の探偵のわき役に過ぎなかった子どもが次第に推理を行うようになり、やがて探偵助手から探偵となり、さらには科学的な知識を駆使する職業探偵へと変貌していきます。

C.江戸川乱歩と「怪人二十面相」の登場

不木や雨村の活躍により、子ども向け探偵小説は開拓されたといえますが、どちらかといえば短編中心であり、長編中心になりつつあった昭和に入ると不振と停滞を余儀なくされます。こうした流れを決定的に変えることになるのが、江戸川乱歩の登場でした。

大正12年、乱歩は雨村、不木らに激賞されて「二銭銅貨」(『新青年』)でデビュー。その後、『少年倶楽部』編集者に子ども向けのものをと求められ、それに応えて書いたのが「怪人二十面相」でした。昭和11年1月号から連載された本作(展示C-5)は瞬く間に読者の圧倒的な支持を得、大きな反響を巻き起こします。乱歩は、「筋はルパンの焼き直しのみたいなもの」で、「私が探偵小説を書き出してからでは森下雨村、小酒井不木両氏が、少年探偵小説をよく書いた。そして、それらはいずれも好評を博していたのだが、両氏とも私の『二十面相』のような思い切った非現実を書かなかったので、その大人らしさが、私のものほど子供心を捉えなかったようである」と書き残しています。

「二十面相」とは、中島河太郎によればトマス・ハンショウの「四十面相のクリーク」からきているとのことですが、変幻自在な怪人二十面相と名探偵・明智小五郎の対決の構図はルパン対ホームズに由来します。不木の作品では、子ども自身が名探偵であることがやや現実離れしていたこともあり、乱歩は小林少年を明智探偵の助手にすることで、設定をより現実的な方向に軌道修正したことになります。

物語の主人公となる小林少年は、「リンゴのようにつやつやした頬の、目の大きい、十二、三歳の少年」で、シリーズ第2作『少年探偵団』(展示C-4)から探偵団を率います。その過程で登場する「少年探偵手帳」(展示C-6)や「BGバッジ」は、当時の少年の憧れのアイテムでした。戦後、乱歩の子ども向け作品は講談社から光文社に掲載の場を変えますが(展示C-1など)、雑誌『少年』はそれらアイテムを雑誌付録として付帯し、大きく売り上げを伸ばしたと言われています。

このように、戦前・戦後と愛され続けた乱歩作品ですが、戦時下では怪盗ものが時局に似つかわしくないとの理由から、怪人二十面相が現れない(「大金塊」展示A-10)、または明智も小林少年も登場しないSF冒険的作品となるなど(「新宝島」)、苦難の時代を迎えます。さらに昭和16年にはそれさえも掲載できず、乱歩の作品は途絶えてしまいます。

しかし戦後には復活を遂げ、銀座の街を徘徊する機械人形を描く『青銅の魔人』(展示C-7)をはじめ、『透明怪人』(展示C-14)『怪奇四十面相』『灰色の巨人』(展示C-8)など、夥しい作品を世に送りだしました。現在にまで読み継がれているという意味において、乱歩の作品こそ、少年探偵小説を開花させた巨星であったといえるでしょう。

D.翻訳にみる推理・探偵小説
  ~ドイルとルブラン、二つの巨頭~

乱歩の登場で花開いた少年探偵小説群ですが、やはりそこに至るまでには多くの翻訳が刊行され、日本の創作にも影響を与えています。

その柱は、やはりコナン・ドイルとモーリス・ルブランの双璧だといえます。
『中央新聞』寄稿のため、フランスの探偵小説の翻訳を行っていた南陽外史(水田栄雄)は、イギリス滞在中、日本の留学生に最近の面白い小説は何かと聞いたところ、ドイル(1859-1930)のものに限ると言われたという(『少年小説大系』第7巻解説)。帰国後、いわゆるホームズものを「不思議の探偵」(明治32年)として訳出していますが、これに前後する形で、明治以降、ホームズものは実に多く翻訳されてきました。

その嚆矢は、明治27年雑誌『日本人』に掲載された「乞食道楽」(訳者不明)、および明治30年2月刊行の『英語学講義』に掲載された「まだらのひも」と言われています(『図説児童文学翻訳大事典』に拠る)。探偵小説としての紹介と、英語学習という観点からの紹介が同時並行的に進んでいたことをうかがわせます。以降、子ども向けでは雑誌『中学世界』や『冒険世界』でたびたび訳出され、高い人気を誇っています。

一方、怪盗紳士「アルセーヌ・ルパン」を生みだしたルブラン(1864-1941)は、当初フランスの小説家として売れない日々に苦労していましたが、大衆ものを書くことが転機となります。当時流行作家であったドイルを意識し、魅力的な人物造形の怪盗紳士を登場させたルパンシリーズを発表、大きな成功をおさめます。

ドイルが事件を解決す側なら、ルブランは事件を巻き起こす側。ホームズを元にした「エルロック・ショルメ」とルパンとの対決を描く『ルパン対ホームズ』(展示D-14)なども書かれ、乱歩にも影響を与えたことはいうまでもなく、三津木春影『古城の秘密』(原題「813」展示A-1)、同『探偵奇譚 大宝窟王』(原題「奇巌城」展示B-6)をはじめ、早い時期からたびたび日本でも翻訳され、現在も読み継がれています。とりわけシリーズ4作目にして初の長編となった「奇巌城」(展示D-10~13)は何度も出版刊行され、人気の高い作品です。マンガやアニメ、その他さまざまなメディアでもルパンは新たな息吹を与えられて生き続け、今日に至っています。少年向け推理・探偵小説の系譜になくてはならない存在として、ルパンは君臨してきたといえるでしょう。

このほか、昭和9年にはケストナーの同作品が相次いで翻訳され(中西大三郎訳『少年探偵団』展示D-8、菊池重三郎訳『少年探偵エミール』展示D-9)、戦後は、探偵を夢見る少年とその仲間の活躍を描くリンドグレーン『名探偵カッレくん』も翻訳されています。

E.花開く推理・探偵小説群

乱歩の登場は日本の推理探偵小説の世界を活性化させ、乱歩に続けと多くの作家が作品を書くようになりました。そこで頭角をあらわしたのが大下宇陀児(おおしたうだる)、横溝正史(よこみぞせいし)、そして甲賀三郎(こうがさぶろう)らです。

大下宇陀児は九州帝大で応用化学を専攻した理系派で、同じく東京帝大の応用化学出身であった甲賀三郎と同じ勤務先となります。ともに一高出身者であり、大下は甲賀の刺激を受けて創作をしたと言われています。共通項も多い一方で、謎解きで読ませる甲賀に対し、大下は情緒的な人情派とされ、その作風は対照的です。何かにつけて比較されることが多い両者ですが、横溝正史は「戦前の探偵作家のうち好敵手といえば、やはり甲賀さんと大下さんだった」と回想しています。乱歩は別格ということでしょう。

その横溝正史といえば、やはり名探偵・金田一耕介(きんだいちこうすけ)が有名です。しかし、戦前戦後を通じて多く執筆した少年探偵小説では、横溝は他にも多くの名探偵を登場させています。たとえば、『幽霊鉄仮面』(展示A-14)では由利麟太郎(ゆりりんたろう)や三津木俊介(みつぎしゅんすけ)(「三津木春影」に準(なぞら)えていると思われます)、御子柴進(みこしばすすむ)らが名探偵として登場、活躍します。

また、蘭郁二郎(らんいくじろう)(展示E-1~2)、野村胡堂(のむらこどう)(展示E-7~9)、海野十三(うんのじゅうざ)ら(展示E-10)、大衆およびSF小説からの作家も入り、少年探偵小説はより活況を呈していきます。

その一方、女の子が探偵として活躍するシリーズも生まれてきました。『少女探偵ナンシー』は、『少女・世界推理名作選集』(昭和37~41年)として刊行されたもので、「ナンシー」シリーズの1作目『古い柱時計の秘密』がアメリカで出版されたのは、今から85年ほど前の昭和5年です。人気の秘密は、もちろん女の子が探偵役をつとめるという設定にあり、同じ趣向の作品が他にもあります。日本では、童謡詩人としても著名な西條八十(さいじょうやそ)がこれらの作品に取り組んでいます(展示E-13)。

こうして、創作や翻訳をふくめ、作品はより層の厚みを増していきます。加えて、戦後の特徴として、テレビやラジオなどの視聴覚メディアを意識した出版、勢力を拡大していくマンガ雑誌およびその付録での露出なども見逃せません。このなかで、藤子不二雄(ふじこふじお)の作品や、横山光輝(よこやまみつてる)などのマンガ家もこの分野の作品を発表し、より広範囲での受容・享受がなされていくことになりました。