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本蔵-知る司書ぞ知る(101号)

更新日:2024年1月5日

本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2023年3月20日版

今月のトピック 【遠藤周作】

大正12年(1923年)3月27日に生まれた作家遠藤周作は、今年、生誕100年を迎えます。当館ではこれにちなんで「遠藤周作生誕100年」と題した展示を開催しています。今回は展示資料の中から3冊をご紹介します。

沈黙(新潮文庫)』(遠藤周作/著 新潮社 1981.10)

敬虔な長老教父の棄教を信じられず、切支丹禁制下の危険な日本にあえて飛び込んだ司祭が密告され、つかまります。自身への拷問より辛い弱き信者たちへの拷問。殉死することも許されず、神の助けを待ってもそれは形を見せて訪れることはありません。強い信仰心だけではどうしようもない事実に打ちのめされ、自らの弱さを認めた司祭が見出した「神」とは?司祭の葛藤をただ見守るしかできない弱い存在である読者にも、その「神」は寄り添ってくれます。

ぐうたら人間学』(遠藤周作/[著] 講談社 1972.10)

1972年に「夕刊フジ」で連載されていた『狐狸庵閑話』を改題し一冊にまとめたものです。「神がかった」ではなく「下(シモ)がかった」馬鹿話のオンパレード。本当の話かな?と疑うほどユーモアに満ち満ちていますが、そこには、溢れ出る知性も。何回も声を出して笑ってしまいました。人前で読むのは控えた方がよろしいかと。イチオシは「思いちがい」です。

善人たち』(遠藤周作/著 新潮社 2022.3)

没後25年にあたる2021年に、長崎市遠藤周作文学館で未発表の戯曲3本が発見されました。遺された日記などから1970年代後半の執筆と目されています。表題作は開戦直前、神学校に留学してきた日本人と彼の面倒を見るアメリカ人の葛藤を描く戯曲。他の2本は小説からの戯曲化です。自分だったらどうだろうと、つい登場人物に自己投影して読み進めてしまいました。

今月の蔵出し

多情多恨 改版(岩波文庫)』(尾崎紅葉/作 岩波書店 2003.4)

尾崎紅葉は明治時代の作家・詩人です。慶應3年12月16日(太陽暦1868年1月10日)に東京に生まれ、早くに母を亡くし祖父母に育てられました。明治18(1885)年に、山田美妙らと文学結社「硯友社」を立ち上げ文壇に進出。幸田露伴と並び、明治20年代を代表する作家となりました。「横寺町の大家」と呼ばれ、泉鏡花や小栗風葉ら優れた門弟を輩出しますが、胃癌により35歳の若さでこの世を去りました。

『多情多恨』は、明治29(1896)年に読売新聞で連載された長篇小説です。

主人公の鷲見柳之助は、愛する妻のお類を流行り病で亡くしてから泣き暮らす毎日。袂に入れたハンカチ5枚が全て涙で濡れて使い物にならないほどの泣きっぷり。

そんな柳之助を心配した親友の葉山は、柳之助を自分の家に住まわせようとしますが、彼は煮え切らない返事をするばかり。実は柳之助は、葉山の妻のお種のことが嫌いなのです。

ところが寂しさから不眠症になってしまい、深夜に葉山の家を訪ねた時に、お種の意外な一面を見て心動かされ、ついに葉山の家に引っ越します。

それでもお類のことは忘れられず、一生後妻は娶らないと宣言し、時にはお類の肖像画を見て涙ぐむ柳之助。その一方、お種に献身的に世話されるうちに、彼女のことを姉のように慕い、寂しい時は彼女を頼るようになっていきます。

しかしその様子を見ていた葉山の父に二人の関係を疑われ、結局柳之助は家を去るのでした。

あらすじだけ見ると退屈な話に思えるかもしれませんが、魅力的な登場人物と軽快な文章のおかげで最後まで読者を飽きさせません。

連載から百年以上経っても笑って泣ける、色褪せない名作です。まだ読んだことがない方はこの機会にぜひ。

【海ほたる】

ドナーで生まれた子どもたち:「精子・卵子・受精卵」売買の汚れた真実』(サラ・ディングル/著 日経ナショナルジオグラフィック 2022.9)

著者サラは27歳の時、自分が精子提供ドナーによって生まれた事を知ります。信じていた自分のルーツを見失い、世界がばらばらになるような衝撃を感じたサラは、ジャーナリストとして自分の生物学上の父を探す事で、精神的な窮地を脱しようとします。血を分けた父が誰で、注意を払うべき遺伝的疾患はないか。世界に何人の「半分きょうだい」がいて、それは誰か。知る事は当然の権利であり、必要な事です。

しかしまずサラが直面したのは、「記録の保有者」は不妊治療を受けた母であり、母の同意がなければ開示できないという病院側の主張でした。自分の出自を知る権利が、生まれた本人にはない、というのです。調査を進めても、カルテの破棄、ドナーの徹底した隠蔽により、なかなか真実にたどり着く事ができません。その裏にはずさんで醜悪な、「ベビービジネス」の事実がありました。

唖然とするような事実をすべて明らかにした後も、サラを突き動かすのは人権侵害への激しい怒りです。2019年、「子どもの権利条約」採択30年を記念する国連の会議で、サラはドナーで生まれた同じ境遇の仲間たちと共にスピーチを行いました。商業的な医療的行為によって「作られた」子どもたちが、人身売買に巻き込まれている事実をも指摘し、こう述べました。

「子どもは、国や産業が保証したり提供したりする製品でも、サービスでもありません。権利を持つ人間です。」「子どもたちには生物学的な親や兄弟姉妹を知る権利、また接触を求める権利があります。」「国際法には、子どもを持つ権利はありません。」「もちろん、心から子どもを願う気持ちは私たちも痛いほど分かります。しかし、こうした声を無視したまま、国境を越えた営利的かつ搾取的な産業が拡大するのを支持したり認めたりするのは、よく言っても見当違いです。」

本書の原題は『Brave new humans』です。勇敢な著者が、勇敢であり続けたいと自らを励ましているようにも思えます。

【雨蛙】

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