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本蔵 -知る司書ぞ知る(20号)

更新日:2024年1月5日


本との新たな出会いを願って、図書館で働く職員が新人からベテランまで交替でオススメ本を紹介します。大阪府立中央図書館の幅広い蔵書をお楽しみください。

2016年6月20日版

ヒトの本性:なぜ殺し、なぜ助け合うのか』(川合伸幸/著 講談社 2015.11)

先日、テレビで、チンパンジーの行動を研究することにより、「ヒトとは一体何者なのか?」を探る京都大学霊長類研究所の長年にわたる研究プロジェクトが放送されていました。その番組の中で印象に残った場面がありました。
チンパンジーは、たとえ親子でさえ、一方が困っていても依頼されるまで相手を助けようとしません。食べ物に関しても、自分のものはあくまで自分のものであって、自ら進んで子のチンパンジーに分け与えようとしませんでした。他方、ヒトは、相手が困っている場合は、まだ幼児であるにもかかわらず、頼まれなくても困っている親を助けていました。また、その子どもは、自分が好きな食べ物を自発的に親に分け与えていました。
さすがヒト、同じ祖先から枝分かれしても、チンパンジーとはかなり違うと感心をしたところです。

本書は、従来の動物行動学や霊長類学の立場から書かれたものではなく、様々な実験を通じて、ヒトの心や行動を他の動物と比較することにより、ヒトに固有なところを浮き彫りにしようとする比較認知科学の視点から書かれたものです。著者は、名古屋大学大学院情報科学研究科准教授で比較認知科学、認知科学、実験心理学を専攻しています。
著者は、ある日、「けっきょく、ヒトって性善説と性悪説のどちらなんでしょうか?」と、問われます。そのときに自分なりの答えを持ち合わせていないことに気づき、色々と調べ、3年半ほどかけて本書を執筆します。ヒトの本質に対する著者の答えが書かれています。

生物学の世界では、人類を「争いを好み、攻撃的で野蛮」とする見方が主流でした。著者も、本書を書き始めたころは、この考えにしばられ「ヒトは残虐で凶暴なサル」だと考えていたそうです。哺乳類では、群れのオスが入れ替わる際に「オスによる子殺し」がめずらしくありませんが、ヒトは自分の子どもまで殺します。こんな哺乳類はヒトしかいません。テレビやビデオゲームでは、しょっちゅう人殺しの場面が流れています。ヒトという動物は残虐であるがゆえに、こうした場面を好むからだと考えることができます。
著者は、こうした考えから出発し、色々と調べた結果、ヒトの本性は善であるとの主張やヒトがとても協力的であることを示す実験結果などが多数発表されていることを知ります。
第1章では、テレビやビデオゲームの暴力シーンがヒトに与える影響を、暴力映像を多く見た子どもの追跡調査などを通じて分析をします。第2章では、「暴力を生み出す脳と遺伝子」について論評し、第3章では、「性と攻撃性」を分析し、男性の攻撃性は暴力で、女性の攻撃性は仲間外れにすることで現れることを示します。第4章では、凶暴で攻撃的な「ヒトはなぜ殺し合って絶滅しなかったのか?」について、興味深い仮説を紹介しながら分析をします。第5章では、「「身内」と「よそ者」」と題して、ヒトは集団から仲間外れにされることを極端に恐れることを明らかにします。第6章では、「他人を援助するヒト」として、いかにヒトは助け合う生き物なのかについて、いくつかの実験を通じて、明らかにしていきます。最後の第7章では、「ヒトとは」として、著者の結論が述べられます。
ヒトとして生まれてきたけれど、まわりは悪いヒトばかりだと思っているあなたは、一度、読んでみる価値がある本だと思います。

最後に本書を書かれた際の参考文献を紹介します。
まずは、ノーベル生理学・医学賞を受賞したコンラート・ローレンツが書いた『攻撃:悪の自然誌』(12)です。本書の中にたびたび出てくるローレンツは、今日、その考え方に批判も多いところですが、動物行動学という新たな学問領域を開拓した、その分野の第一人者です。著者の川合によると、ローレンツは、「ヒトは善悪のうち、悪の側面の抑制が弱い」と考えていたとされており、どちらかというとヒトを悪に近い存在に見立てているようです。本書の関連本として、読むべき1冊にあげることができます。
次は、『ヒトはなぜ協力するのか』です。トマセロは、チンパンジーの行動とヒトの乳幼児の行動とを比較することにより、ヒトの認知的能力や社会的能力について研究してきた認知心理学者です。『ヒトはなぜ協力するのか』は、本書の中でも書かれていますが、その執筆の際のバックボーンになった文献であると思われます。著者の川合は、「本来ヒトは互いを助け合い、共感しあう生き物」だという考えを示しています。
最後は、『暴力はどこからきたか:人間性の起源を探る』です。京都大学総長で人類学者、霊長類学者である著者が、これまでの研究を通じて得られた知見から、ヒトの暴力の起源を探ります。人類は、霊長類として進化する過程で、食と性をめぐる争いを、社会性をもって回避してきたという内容であり、人類の社会性の起源に迫ります。本書と合わせ読むことにより、ヒトの本質に迫ることができるのではないでしょうか。(文中敬称略)

【慈】

心のナイフ上(混沌(カオス)の叫び 第一部)』(パトリック・ネス/著 東京創元社 2012.5)

<「少年と犬」の児童文学>

パトリック・ネス『混沌(カオス)の叫び』三部作(東京創元社 2012-2013)は、イギリスの優れた児童文学作品に与えられるガーディアン賞などを受賞したSF作品で、移民、権力争い、戦争、独裁者、父と子などたくさんのテーマをはらんで進行する重厚な物語です。

舞台である「プレンティスタウン」は、地球から遠く離れた星にあり、宇宙船で植民した人間たちが住んでいます。女性は死に絶え、男性は「ノイズウイルス」に感染していて、頭に浮かんだ考えがそのまま他人に伝わってしまいます。

主人公はこの町の最年少である12歳の少年トッド。そして物語の第一部『心のナイフ』に登場し、忘れられない印象を残すのが、トッドに養い親から与えられた小さな犬、マンチーです。マンチーもノイズウイルスに感染していて、考えていることが周囲にわかるのですがそこは犬のこと、「りす!りす!」だの、「とっど、うんち」だの、ポンポンと単純な言葉を発しながら元気よくトッドにまとわりつきます。

ところがプレンティスタウンの首長が、より大きな権力を得ようとして組織した軍隊によって、トッドは親を殺され、家を追われて逃げ出します。一人でさまよっていた少女ヴァイオラと出会いますが、狂気じみた元司祭の率いる軍隊に追い回され、マンチーはトッドを助けようと向かっていって捕えられてしまいます。ヴァイオラを助けなければならなかったトッドは、マンチーが殺されるのをとめることができませんでした。マンチーを救うことができなかった、という慙愧の念に、トッドは苦しみます。

この後第二部『問う者、答える者上』、第三部『人という怪物上』と進むにつれ、世界は広がり、真実が解き明かされていきます。

人間に住む場所をおいやられた、この星の物言わぬ原住民が、音声ではなくノイズを使って意志を通じ合っていることや、ノイズウイルスを恐れる人たちがプレンティスタウンを封じ込めようとしたこと。そしてトッドは大人たちのエゴ、権力欲、原住民との無理解から、自らの人間性を問われるような辛いできごとにあい、血みどろの凄惨な戦争に巻き込まれますが、ヴァイオラとの友情に支えられながら、人間同士の争いのみならず、原住民との戦争を止めるキーパースンとなるまでに、大きく成長していきます。

児童文学の作品には、犬が登場するものが本当に数多くあります。その中でも犬との出会いをきっかけに、守られる者から守る者へと成長する少年の姿を描いたものとして、『シャイローがきた夏』は秀逸です。『どろぼうのどろぼん』でも、孤独な主人公の転換点には犬がいます。孤独な少年に寄り添う犬が登場するのは他にも、『おいでフレック、ぼくのところに』、『浮いちゃってるよ、バーナビー!』『ぼくたちの相棒』など。またジョン・グリシャムによる『少年弁護士セオの事件簿』シリーズ、低学年向け読み物『めいたんていネート』シリーズには、生き生きと活動する少年の相棒として犬が登場します。

今回ご紹介した『混沌の叫び』において、第一部で死んでしまうマンチーはエピソードの一つにすぎないのかもしれません。しかし終盤の第三部で、トッドを気遣い「ぼうや」と繰り返す、トッドの優しい愛馬アングハラッドが爆撃にさらされた時、トッドはマンチーを救えなかったことを思い浮かべながら、身を挺して彼女を守ります。マンチーがトッドの心に生き続けていたことに深く感動した私は、この作品をマイリスト「少年と犬もの」の特別名誉枠に分類したのでした。

【雨蛙】

ひとまねこざる』(エッチ・エイ・レイ/文・絵 光吉夏弥/訳 岩波書店 1954.12)

子どもの本には、何十年も読まれ続けてきたロングセラーの本が少なくありません。その内の1冊に、レイ夫妻によって作られた知りたがりやのかわいい子ざるが活躍する『ひとまねこざる』という絵本があります。アフリカから連れてこられたおさるのジョージが、いろいろ知りたがるために巻き起こす騒動が楽しい絵本です。NHK Eテレでアニメ版も放送されているので、そちらをご存じの方もいらっしゃることでしょう。日本では初版が1954(昭和29)年に岩波書店から岩波の子どもの本の1冊として出版されました。今もなお子どもたちに人気があり、親子二代、三代にわたって楽しんでおられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。当館が所蔵している貸出可能な資料のうち、一番古いものは、1973(昭和48)年出版の19刷のものですが、この一番古い本を見てみますと、現在、本屋さんに並んでいる本と随分違うところがあります。まず、絵本の大きさが今は2種類出版されていますが、当初は小さいサイズのものだけでした。これは岩波の子どもの本シリーズが、全て同じ判型で出版されたためです。また、文章が縦書きのため、ページの開きが左から右になっており、そのため、絵が反転しているものもあります。そして、私が最も違いを感じるのは、ジョージがレストランの厨房でお鍋の中を知りたがり、中身のスパゲッティを身体に巻きつけてぐちゃぐちゃになりながら食べるシーンの「すぱげってぃー」が「うどん」と訳されていることです。1954(昭和29)年に翻訳されたときには、スパゲッティは、まだ子どもたちの生活の中に浸透していなかったのでしょうか。『まるごとわかる「モノ」のはじまり百科 1 食べ物・飲み物』によると、「マカロニやスパゲッティの本格的な製造がはじまるのは、昭和30年代以降」となっています。それでは、1954(昭和29)年出版の本書に「うどん」となっているのも頷けます。そういえば、子どもの頃に食べたスパゲッティは、太くて柔らかくて、アルデンテなどにはほど遠く、うどんに近かったようにも思います。話が横道にそれてしまいましたが、翻訳者の光吉夏弥さんのご苦労がしのばれます。他にも、「れすとらん」が「しょくどう」に、「びる」が「びるじんぐ」など、思わずニンマリしてしまう箇所があります。「スパゲッティ―」となったのは、1983(昭和59)年出版の改訂版からで、またこの時から大型版になりました。

このなんとも愛嬌のあるジョージは、『ひとまねこざる』シリーズの前にすでにレイ夫妻の作品に登場しています。『きりんのセシリーと9ひきのさるたち』の中で、りこうで知りたがり屋のジョージとして描かれています。

また、レイ夫妻は第二次世界大戦のさなか、ジョージの原画を自転車に乗せて、ドイツ軍のパリ侵攻直前に脱出したことも知られており、これは『戦争をくぐりぬけたおさるのジョージ』に詳しく記されています。

当館では、前述の資料のほか、原書『Curious George takes a job』*も所蔵しております。関連資料も含め、いろいろな版を読みくらべできるのも図書館の醍醐味です。戦火をくぐりぬけ、長きに渡って子どもたちに愛し続けられる『ひとまねこざる』をもう一度読んでみませんか。

なお、貸出はできませんが、国際児童文学館では1954(昭和29)年発行の初版1刷*もご覧いただけます。

*の資料は館内利用のみです。

【ウメ子】


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