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第86回小展示(大阪資料・古典籍課)
平成20年9月12日(金)〜11月12日(水)  (入場無料)

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シリーズ 観光の大阪展
−旅行案内書[ガイドブック]に見る大坂 大阪 OSAKA−

第3回  郊外電車に乗って

 

明治に入って鉄道が導入されると、人々の行動範囲が広がり、都市の周辺にも行楽地がうまれました。明治の終わり頃から大正期にかけては、各私鉄会社が営業を開始し、大阪を中心に郊外へと線路は伸び、神戸・京都・奈良・和歌山につながっていきます。

主な私鉄の開業は、次の通りです。

阪神電鉄 1905(明治38)年

箕面有馬電軌 1910(明治43)年 現在の阪急電鉄

京阪電鉄 1910(明治43)年

大阪電軌 1914(大正3)年 現在の近鉄奈良線

阪和電鉄 1929(昭和4)年 現在のJR阪和線

当時、「郊外電車」と呼ばれた私鉄各社は、旅客輸送量の増加を目的に新しい行楽地を設けました。都市の雑踏からの開放を呼びかけてハイキングや登山、海水浴など自然とのふれあいを売り込みます。また、遊園地や動物園。ゴルフ場や野球場といったスポーツ施設など、これまでになかった「場」 も誕生し、さまざまな印刷物を発行して自らの沿線に人々を誘(いざな)いました。

それでは、電車に乗って、郊外の行楽地へ出かけてみることにしましょう。


              大鉄電車沿線名所案内

1.大鉄電車沿線名所案内(291.63-1146N)

大阪鉄道株式会社発行(安田晟 著)

1928(昭和3年)年2月1日発行 101ページ

「緒言」で「四季を通じての郊外は、煩雑な都会人への大きな誘惑である。殊に大阪は、日に月に大都会への完成に進み、人々の頭に現代文化がこびりついて行く。それだけ、ただ単に郊外といふばかりでなく、現在還((ママ))境の一変を瞬間でも味はひ得る地を求めて歇まないのは当然である。然し都会人は出来るだけ時間を短縮し、色々の意味に於ける郊外の趣致をより多く味得しやうとして、理想郷を選ぶ事にかなり苦慮してゐる様である・・・・・・。」と述べ、この郊外案内書が忙しい都会人にとってわかりやすく編集されたものだと言います。これから紹介する各郊外電車が人々を郊外へ誘うために「案内書」を発行する理由が端的に述べられているといえるでしょう。

大阪鉄道は現在の近鉄南大阪線であり、各駅ごとに名所を記しています。沿線には石川の清流、金剛葛城などの自然をはじめ、天皇陵や南北朝期の楠木氏の遺蹟などが点在しています。

   

2.大鉄電車沿線御案内(553-1243#)

大阪鉄道株式会社 発行年月日不明 1枚

表面には大鉄の沿線地図が載っています。凡例を見ると、石川流域では桜やもみじの名所があるだけでなく、松茸狩りやうさぎ狩りも行なわれていたことがわかります。

また、裏面の「沿線遊覧御案内」には、藤井寺球場や玉手山遊園など近代的なレジャー施設についての案内も記載されています。ハイキングや登山などの割引回遊券も発売されていました。


3.大鉄沿線 名勝と史蹟(372-317#)

大鉄新聞社発行(小野延敏 著) 1940(昭和15)年1月25日発行 243ページ

口絵に沿線図を配し、駅ごとの見所を解説しているのは、1と同じ体裁ですが、発行された1940(昭和15)年は皇紀2600年のためか、「日本国民の永久に忘れることの出来ない我国創生期時代の史蹟」を案内しています。大鉄沿線が「絶佳の風景美」を持っていることと合わせて、「この史蹟と天恵を国民精神の陶冶と保健の上に善用せしめ、緊張した銃後生活に一段の生気を甦らしむるまでに役立てれば」と「例言」に書き、戦時期の空気の漂いを感じさせます。「精神の練磨と体育の発達」のためとしてのハイキングコースも記載されています。


4.大阪より奈良まで沿道名所案内(372-355#)

大阪電気軌道株式会社発行 1914(大正3)年6月10日発行 100ページ

大軌の大阪・奈良間が生駒トンネルの完成により開業した際に作成されました。各駅ごとに附近の名所を解説する編集方法はこれまでと同じです。

府内では瓢箪山稲荷神社、北高安遊園地(梅林)、枚岡神社、石切剣箭神社などを紹介しています。


5.大軌電車沿線案内 附吉野電車(291.65-117N)

大阪案内社発行(細田逸舟 著) 1924(大正13)年10月25日発行 61ページ

奈良線、国分八木線(現在の近鉄大阪線八尾駅まで)、畝傍線(同橿原線)、天理・新法隆寺方面および吉野電車(同吉野線)の沿線の名勝について案内しています。「はしがき」には「沿線には名勝旧蹟甚だ多く、殊に奈良市を始めとして畝傍線の通ずる大和中部は歴史的著名の地枚挙に遑なく」とありますが、大阪府内の観光地も多く載せます。特に瓢箪山から石切にかけての記述が詳しく、楠木氏に関する史蹟、枚岡神社、枚岡梅林、石切神社を紹介しています。


6.京阪電車沿線御案内(553-825#)

京阪電車発行 1937(昭和12)年9月作成 1枚

京阪本線、新京阪線(現在の阪急京都線)から琵琶湖北岸までを案内しています。ハイキングコース、京阪経営の住宅地、神社・寺院、名勝・温泉、御陵や太湖汽船(現在の琵琶湖汽船)の航路を記し、広範囲に郊外を紹介しています。写真は資料の大阪側の一部分です。

京阪電車沿線御案内

7.京阪電車沿線御案内(553-825#)

京阪電車発行 発行年月日不明 1枚

6とほぼ同じ時期の発行かと思われます。沿線の名所案内が詳しく、大阪府内では京阪線の寝屋川球場、成田不動別院、枚方遊園(現在のひらかたパーク)、大阪美術学校。新京阪線の正雀苺狩り、茨木ゴルフリンク、摂津耶馬溪。千里山線(現在の阪急千里線)の千里山花壇、関西大学などがあります。

利用相談所も9つあり、大阪には天六に2箇所と天満橋、心斎橋にあったようです。


京阪

8.けいはん 後 京阪(P29-33N)

京阪電気鉄道株式会社発行

1933(昭和8)年9月から1941(昭和16)年5月まで発行されていた沿線案内雑誌。創刊号は『けいはん』。次号より『京阪』と改題されました。「創刊の言葉」に「つとめて趣味的方面に意を用ひむだのない旅をなされる様にと思いついた」と書かれています。沿線の案内だけでなく、その歴史的背景やエッセイなどに吉井勇などが執筆陣に加わっています。

年々、戦時色が濃くなり、1938(昭和13)年4月号は枚方遊園で開催された「躍進日本航空博覧会」が表紙を飾っています。1941(昭和16)年5月の終刊の挨拶では名勝風物の紹介と並んで「心身鍛錬コースの開発等々に、所期の効果を挙げ」たとしています。この号の裏表紙は枚方遊園の「『戦陣訓』花人形」となっています。


9.ひらかた大菊人形グラフ(627.9-29N)

京阪電車発行 1938(昭和13)年発行か

京阪沿線郊外の名所の1つが枚方遊園。これは1938(昭和13)年の「支那事変聖戦忠勇武烈」を紹介したグラフです。からくりで人形が動く「段返し」が15場面、人形が展示されている「見流し」が28場面ありました。

日中戦争が菊人形のテーマになっており、郊外電車の旅も変容が見えます。

     

10.夏の阪和沿線(291.63-1366N)

阪和電鉄発行 発行年月日不明 1枚

表に阪和の沿線案内図を載せています。裏には府内の浜寺海水浴場、大阪府教護連盟推奨の瀧ノ池キャンプ場、久米田の牛瀧山、日根野の犬鳴山、山中渓温泉が紹介されています。日本最初の総合射撃場が上野芝駅2キロのところにあったといいます。

夏の阪和沿線

11.朝日ハイキングコース 泉南お菊山コース(291.63-1364N)

阪和電気鉄道株式会社発行 1936(昭和11)年頃 1枚

阪和長滝駅からお菊山を通って砂川駅に至るハイキングコースの紹介です。1936(昭和11)年の陸地測量部の地図の上をトレースしています。瀧ノ池青年宿泊所は初心者の「一泊ハイカー」のためにも作られたとあって、「日本最初 施設完備」と謳っています。登山、ハイキングが郊外での大衆の一般的な行楽であったことを伝えます。


12.南海鉄道案内 上・下(378-545#)

南海鉄道株式会社発行(宇田川文海 著) 1899(明治32)年6月22日発行

上巻336ページ 下巻159ページ

現存する最古の私鉄である南海鉄道の発行によるもので、上巻が大阪、下巻が和歌山の記述になっています。南海沿線だけでなく、広く大阪市中の中之島や大阪城、大阪築港なども紹介しています。

著者は宇田川文海。嘉永元年(1848)江戸に生まれ。大阪を愛し、晩年は住吉区に居住し、地誌・郷土史を研究しました。1930(昭和5)年に82歳で歿しました。


13.阪神電気鉄道沿線名所案内(291.64-149N) 

西垣堯則発行 1908(明治41)年12月5日 79ページ

阪神電気鉄道沿線名所案内

阪神の開業は南海を除くと、その他の電鉄会社と比べて若干早い1905(明治38)年に営業を開始しており、郊外電車のさきがけでもあります。

本書は梅田から神戸までの各駅の名所を載せています。巻末の「田園生活の趣味と利益」という文章で、「煙突より吐く煤煙に包まれ」た都会にある悪弊を指摘し、「土地の良好と気候の適否と交通の便とを具備せざるべからずが、(健康な田園生活のために・・・引用者註)之の三要件を完くせるは即ち阪神電車線路附近を以って第一とす」と書かれています。


阪急沿線案内

14.阪急沿線案内(291.64-146N)

阪神急行電鉄株式会社発行 1931(昭和6)年5月15日発行 116ページ

各駅の名所案内だけでなく、宝塚や六甲の案内も載せています。府内の名所では、箕面公園が「森林美の仙境」として詳しく説明されています。

大阪府によって開かれた「廻遊新道」を歩けば大阪湾を望む「希望ヶ丘」や「みのおの瀧」に出ます。「夏は泉のほとりにキャムプ生活を営むも面白い」とあります。


15.日本一みのお動物園(378-345#)

発行者・発行年月日不明 1枚

1910(明治43)年、箕面有馬電軌として開業した阪急電鉄は、同年観光開発の一環として箕面に動物園を開園しました。ライオンや象といった動物だけでなく、毎週土曜日にイベントを開く「翠香殿」、自動回転機(観覧車)もあり、附近の「汐見亭」からは大阪の海をみることもできました。


16.大人の大阪 HANKYU MOOK ケイキューブ vol.6(291.63-974N)

阪急電鉄株式会社発行 2002(平成14)年7月29日発行 120ページ

写真を多用した行楽地の案内は、近年よく見られるガイドブックの編集方式です。

都会の塵芥を離れた自然を満喫するための郊外旅行から、体験型のアウトドアやグルメなど旅のスタイルもさらに多様化してきており、これまでとは違った「郊外電車沿線案内書」となっています。


17.KPRESS/NATTS/ホッと!HANSHIN/近鉄ニュース

当館が所蔵する各私鉄が発行する沿線案内誌を並べてみました。

KPRESSは京阪、NATTSは南海、ホッと!HANSHINは阪神、近鉄ニュースは近鉄の案内誌です。

電鉄各社は郊外を住宅地としても開発しており、今では必ずしも郊外=行楽地ということになっていませんが、現在でも月に1回こうした案内誌を発行し、四季を通じて各沿線の名所に我々を誘っています。

現在、各私鉄の駅には会社の発行した沿線案内のパンフレットもあふれており、これらは昔と変わらぬ光景なのでしょうか。



次回、第87回小展示「シリーズ 観光の大阪 展−旅行(ガイド)案内書(ブック)に見る大坂 大阪 OSAKA−」の 第4回(11月14日 金 から)は、「水都中之島のいまむかし」と題して、新しい線路の開業で注目される中之島のいまと昔を旅行案内書から紹介していきます。     

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