子どもの地域資料の収集と提供
和歌山大学 特任教授 附属図書館長 渡部幹雄

 子どもは好奇心旺盛である。目にするもの総てが好奇心の対象になる。学校での学習素材の範囲を遥かに超えた分野にも目が行く。また得やすい情報に関心が行きがちである。したがっておのずから自分の住んでいる日常的な身近な場所がもっとも関心の高い場所となり易い。郷土の自然や文化との出会いを沢山経験し、成長に伴って関心、知職は拡大し、深化していく。そして名称や由来、特徴を知りたいという欲求も生まれてくる。このような目に見えるものに対する“なぜ、なに、どうして”という本質を探りたいという欲求が沸き起こることは、人としてごく自然なことである。

 そのように考えると、身近なものに触れて関心を深めるためのツールを用意すれば、更なる知的好奇心を喚起することができるのではないだろうか。私が10年以上在籍した滋賀県の愛知川図書館(註1)での子どもを意識した郷土資料の収集と提供の取り組みは、こうした思いからのものであった。そして、その取り組みの契機となったのは、実は神奈川県の平塚市博物館の1980年代の実践である。

 1980年代当時は、博物館の展示資料にふさわしいものはA級品のみであるという風潮があった。ところがその頃に平塚市博物館を訪問した私は、単なる石ころやタンポポが展示の主役になっているのを見て驚いてしまった。博物館イコールA級品の陳列場所であるという概念が打ち砕かれたのである。タンポポの展示では平塚市内の全域図に、タンポポの外来種と在来種の発見場所を色の異なる待ち針で示すことにより、市内におけるタンポポの分布状況が一目で判るような工夫がなされていた。博物館の呼びかけに応じた市民が調査者や情報提供者となることで展示が完成されていく仕組みになっていて、各地から多くの情報が寄せられて完成度の高い分布図が展示されていた。所謂市民参加型の展示である。平塚市博物館では続いてカエル調査、鳴く虫調査、せみの抜け殻調査等々が行われて、子どもを含めた市民の間に調査への参加が浸透していった。こうした活動により博物館は住民にとって親しいものとなり、平塚市博物館はおらが町の博物館としての地位を築くことになる。

 図書館でも平塚市博物館のこの取り組みを参考にして、同様な郷土資料の収集と情報提供ができないものかと考えていた頃に、イギリスのスコットランドのノースバーウィック図書館を訪れる機会を得た。そしてその図書館の郷土資料のコーナーに“指名手配 カササギ”というタイトルの一枚のチラシが置かれているのに遭遇した。「カササギを見た人は情報をください」という呼びかけである。博物館より図書館の方が日常的な利用者が多いので、これは情報の収集と提供という双方向の関係性が構築できるという点で、図書館が地域に定着するためには極めて有効な取り組みではないかとその時に思ったのである。このような経緯を経て、図書館版の住民参加型の情報収集や提供を愛知川図書館で実践した次第である。

 住民参加型の情報の収集と提供は全世代向けの活動なので、何よりも子どもから大人まで誰でも利用できる施設でなければならない図書館の基本的なコンセプトとも符号する。郷土資料にも多くの資料があり、郷土で発行される一般的な刊行物の悉皆的な資料収集も当然図書館の活動として行うが、それは館側の一方的な収集であり限界性がある。また、それは図書館の利用者の底辺を拡大することには繋がらない。住民参加型の情報収集と提供は、利用者の拡大という視点からも極めて有効な取り組みである。

 愛知川図書館での住民参加による双方向性型ともいうべき郷土資料の収集と提供の取り組みについて具体的に紹介する。

 収集では、それが郷土の理解と図書館が保有している資料の利用に繋がることを念頭に置き、子どもでも取り組むことができることを第一の前提にした。そこで収集記録の範囲を子どもの行動範囲となるエリアにすることにし、子どもが10分以内に歩いて行くことができる、家から約500メートルのエリアに拘った。東西南北約500メートルの範囲であれば、日常の徒歩での生活圏域であり、各種の情報にも親しい馴染みの地である。このエリアに関する種々の情報の蓄積が相当あるものと考えた。日常での変化や様々な出来事との遭遇も認識し易い最も身近なフィールドである。問題への関心や探究心を育む原点となるエリアである。そうしたことから旧愛知川町内の管内図を500メートル四方に区割りをして、全域に地点番号を付した。それぞれの家も行政区の住所ではなく、Aの1番の地点というように地図上の番号で表わすようにした。その地図上に表記されたエリアで何との出会いがあったか、或いは何を見つけたかを図書館に備えてあるカードで子どもでも報告できる仕組みを考案した。例えば自宅付近でキツネを見かけたらAの1番の地点で何月何日にキツネを見た、また近所の御老人から鎮守の森の伝説を聞いた、お地蔵さんが集会所近くの道端にあったなどのような記録の投稿を誰でもできるようにした。この情報収集が全域で集約されれば、町の自然や文化情報の分布図の完成である。こうすることで自然の変化や文化や歴史的環境への好奇心を喚起し、更には探究心の深化に繋がると考えたのである。そしてこのカードを“町のこし(残し)情報カード”とネーミングした。

 またこの町のこし情報カードよりももっと簡易な取り組みとして、図書館の玄関に旧愛知川町の全域地図を掲示して、ホタル、キツネ、タヌキ、古民家、お地蔵さん等々の発見情報の印をタックシールで貼るということも行った。

 さて実際の成果はどうだったのかを紹介すると、町のこしカードによる情報の提供は、子ども達よりは大人からの方が圧倒的に多く、子ども達はどちらかと言えば集められた情報を見る側であった。一方、図書館の玄関に掲示した町内全域地図へのタックシールによる発見情報の投稿は圧倒的に子どもからのものが多く、図書館を訪れる殆ど総ての来館者が足を止めて見入る状況となった。とりわけホタルいう主題は単に情報の収集・提供にとどまらず、生息地で「観察会を開きたいから」とホタルの生態を調べるための資料提供のリクエストが寄せられた。また毎年ホタルマップを保存し、それらを蓄積することによって環境の経年変化を比較するための貴重な資料としての価値を見出せるようになったことは大きな収穫だった。ともかくこのマップは館内で一番良く見られる掲示物となった。地域に対する関心が高まったこと、そして図書館と住民の距離が縮まったことは確かである。新聞社が各町のマイスポットの推薦を求めると、旧愛知川町の子ども達の間で図書館が圧倒的な人気場所となったり、観光協会が住民からアンケートを取ると、町で一番の人気場所は抜きん出て図書館であった。そういう状況になったのは、地域との繋がりを深めることができた郷土資料の収集と提供であったと思う。平塚市博物館の活動が『放課後博物館へようこそ』というタイトルの本で紹介されている。それに習って言うと、愛知川図書館は『放課後図書館へようこそ』と言ってよいかもしれない。

 図書館法は第3条で、『図書館は、図書館奉仕のため、土地の事情及び一般公衆の希望に沿い、更に学校教育を援助し、及び家庭教育の向上に資することとなるように留意し、おおむね次に掲げる事項の実施に努めなければならない。』と謳い、その第一項で『一  郷土資料、地方行政資料、美術品、レコード及びフィルムの収集にも十分留意して、図書、記録、視聴覚教育の資料その他必要な資料(電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。)を含む。以下「図書館資料」という。)を収集し、一般公衆の利用に供すること。』と定めている。

 地域の事情に沿ったオリジナルな郷土ゆかりの資料の収集に、これまで図書館はどれだけ力点を置いてきただろうか。郷土ゆかりの資料の収集と提供は、地域や図書館を支えている基盤に図書館の専門性を認知させたり、図書館の存在をアピールすることができる有効な近道である。もちろん郷土資料だけが図書館の地域へのアプローチの総てではないし、図書館の専門的職務が他にもあることは充分に承知している。只これまでの図書館の歩みを見ると、図書館法第3条第一項に掲げられている項目の中で郷土資料の現場での扱いは余りにも小さいという印象が拭えない。郷土資料は一部の好事家のものとして片付けられていたかもしれない。郷土資料がせめて他の資料と同じような扱いを受けて、充分に活用されるようになれば、図書館は地域から支持される図書館に発展していくのではないかという思いを、旧愛知川町での10年間の取り組みを振り返って強くしている。そしてそこに図書館の再生を重ねている。

 参考文献
  寺島洋子・大髙 幸編 『博物館教育論』放送大学教育振興会 2012年
  平塚市博物館『わた博―平塚市博物館30周年記念誌―』平塚市博物館 2006年
  浜口哲一『放課後博物館へ ようこそ』地人書館 2000年

 註)1 愛知川図書館は2006年2月から自治体合併により愛荘町立愛知川図書館。